中国軍機が対領空侵犯監視に当たっていた航空自衛隊のF15戦闘機にレーダー照射した事件は日中間の関係を一層、険悪化させている。日本側は中国側に強く抗議した上で再発防止を厳重に要求。中国側は「日本側が我が国の軍事活動を妨害した」と反論し、日本側の抗議を一蹴している。
木原稔官房長官の記者会見、2025年12月9日、首相官邸公式Xから
レーダー照射には、捜索用レーダー(SART)と火器管制用レーダー(FCR)がある。中国機のレーダー照射が射撃の準備段階として目標を捉える「火器管制」レーダーだった場合、偶発的な軍事衝突など不測の事態を誘発しかねない危険な行為だ。
先ず、事実関係をフォローする。中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ15戦闘機が6日午後、沖縄本島南東沖の西太平洋の公海上空で、対領空侵犯措置に当たっていた航空自衛隊のF15戦闘機に断続的にレーダーを照射した。6日午後4時35分ごろまでの約3分間と、同7時8分ごろまでの約30分間、空自那覇基地から緊急発進(スクランブル)した複数のF15戦闘機に対し、断続的にレーダーを照射した(時事通信)。明らかに,火器管制用レーダーだ。
日本側の抗議に対し、中国外務省の郭嘉昆副報道局長は8日の記者会見で、「艦載機が飛行訓練時に捜索レーダーを使うのは各国で通常行われており、飛行の安全確保のための正常な行為だ」と主張し、レーダーを捜索目的で作動させたことを事実上認める一方、「関係海空域での活動は国際法に合致している。非難されるものではない」と強調した。中国側が日本側の主張に譲歩する姿勢を見せてきたわけだ。
参考までに、「捜索用レーダー」は不審船や航空機の位置を把握するための目的だ。目標を一点に集中して追尾し、射撃を助けることを目的とする「火器管制レーダー」とは異なる。中国側は最初は自軍戦闘機のレーダー照射を否定し、レーダー照射が否定できなくなると、次は「捜索用レーダー」だったと弁解してきたわけだ。
木原稔官房長官は9日の記者会見では、中国軍機による航空自衛隊機へのレーダー照射を中国側が「正常な行為」と正当化したことについて、「安全確保の観点から周囲の捜索等のためにレーダーを用いる場合でも、不測の事態を避ける観点から断続的に照射することはない」と抗議している(時事通信)。
ところで、中国軍によるレーザー照射の事例は珍しくない。フィリピン沿岸警備隊の巡視船が2023年2月6日、南シナ海の南沙諸島のアユンギン礁付近で中国海警局の艦船から軍用級のレーザー照射を受けた。
最近では、中国軍艦が紅海上空で偵察任務に当たっていたドイツ機にレーザー照射したことで、ドイツ側が中国側に抗議するという事態が生じた。事件は今年7月2日、発生した。ドイツ側によると、中国の軍艦がドイツの偵察機に理由もなく、事前の連絡もなくレーザーを照射した。この偵察機は、欧州連合(EU)の紅海におけるフーシ派に対するミッション「アスピデス」のため紅海上空を飛行し、イエメンのフーシ派民兵による攻撃から商船を守ることを目的としていた。
ドイツのヴァーデフル外相は中国軍艦がドイツ偵察機にレーザー照射した件について、「事件は憤慨の極みだ。中国はこの事件について説明責任を果たす必要がある。中国のいかなる不適切行動、そして我々のルールに基づく秩序に反するいかなる行動も断固拒否する」と批判し、中国大使を呼び、ドイツ側の立場を明確に伝えている(中国の軍艦が紅海に巡航しているのは、一つは、紅海を通る中国の船舶の安全確保、もう一つは、ソマリア沖の海賊対策だ。紅海は、中国とヨーロッパやアフリカを結ぶ重要な海上輸送路であり、中国の経済活動にとって非常に重要)。
レーザー照射は、相手の機器(センサー、カメラ、照準器など)を妨害したり、誤作動させたりする。またパイロットを一時的に失明させて戦闘能力を奪う。米空軍では、1996年に開始された「航空機乗員レーザー眼保護具(ALEP)プログラム」により、パイロットにレーザー・アイ・プロテクション(LEP)が支給されている。
ドイツ民間ニュース専門局NTVとのインタビューで軍事専門家ラルフ・ティール氏は、「中国軍のレーザー照射事件はアジア極東地域では日常茶飯事だ。中国軍はその緊迫したエリアで軍事演習を繰り返してきていることもあって、レーザー照射が危険な違法行為、といった認識に欠けていたのではないか」と説明していた。
なお、中国外務省報道官は当時、ドイツ政府の抗議に対し、「ドイツ外務省の説明は事実と全く一致しない」としらを切っていた。日本の批判に対しても同じだ。
まとめると、レーダー照射(火器管制)は相手を攻撃目標として定めたことを示すもので軍事的な威嚇だ。一方、レーザー照射は相手の機能を妨害し、乗員の安全を脅かす、直接的で危険な威嚇だ。両者とも国際的な緊張を高め、偶発的な衝突につながる可能性のある極めて危険な行動だ。国際社会は中国軍の挑発行為を許してはならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。