11月7日の「高市答弁」からひと月が経つ。が、中国の反応は収まるどころか一層激しさを増している。それがどれほど異様かは種々報道されているので、ここでは触れない。筆者は中国の過剰反応する要因の一つに、米国が12月4日(現地時間)に公表した25年版「国家安全保障戦略」(以下、NSS)があると見ている。本稿ではその概要を紹介する。
ホワイトハウスが公表している33頁の25年版のNSS(National Security Strategy)については、CSIS(戦略国際問題研究所)*とブルッキンズ研究所**の複数の専門家による解説がネットに上がっている。読めば一通りの概略は判るが、とりわけ民主党寄りの後者の分析は批判ばかりで参考にならないので、精読したその「アジア」に関する項について詳述する。
アジアの項は「経済的未来を勝ち取り、軍事的対立を防止せよ」との表題だ。CSISで解説を書いたエミリー・ハーディング(同研究所国防安保部門VP)はトランプの「America First」の外交政策ついて以下のように述べている。
鍵となるのは「トランプ大統領の外交政策は、『実利主義』ではないが実利的、『現実主義』ではないが現実的、『理想主義』ではないが原則的、『タカ派』ではないが強硬、『ハト派』ではないが抑制的だ。それは伝統的な政治イデオロギーに根ざしたものではない。何よりもアメリカにとって有益であること、一言で言えば『America First』が動機なのだ。
ウクライナ戦争での和平交渉や中国との関税交渉で、プーチンや習近平と相対するトランプの態度を反芻するにつけ、彼女の書いていることが筆者の腑にも落ちる。つまり、賛否両論あるが「それじゃあどうするんだ」という解決策のない論に、トランプは耳を傾けないのである。
こうしたトランプの思考を忖度して書いたであろう、この「経済的未来を勝ち取り、軍事的対立を防止せよ」の中身にもそれが通底している。
トランプ大統領 ホワイトハウスXより
「経済的未来を勝ち取る」について・・・
先ず冒頭でここ30年以上にわたる米国の対中国政策の誤りを指摘している。即ち、市場を中国に開放し、米国企業の中国投資を奨励し、米国の製造業を中国にアウトソーシングしたことなどである(後者はまさに日本にも当て嵌まる)。
そうすれば中国が「ルールに基づく国際秩序」に組み込まれると考えたが、そうはならず、今や中国は富と力を得た。そこでトランプは「自由で開かれたインド太平洋」((Free and Open Indo-Pacific:FOIP)によって中国に対峙すべく、25年10月の訪問中に関係国との主要協定に署名し、FOIPへのコミットメントを再確認した(「シンゾー」への懐慕の裏にはきっとFOIPもある)。
米中の商業関係は79年以来、根本的に不均衡であり続けた。成熟した富裕経済国と世界最貧国の一つとの関係として始まったものが、今やほぼ対等な関係へと変貌を遂げた。にも拘わらず、ごく最近まで米国は過去の想定に根ざしたままの姿勢だった。
トランプ第一次政権の関税政策転換に対応すべく、中国はサプライチェーンへの支配力を強化した。今後、経済の戦場になる中低所得国向け輸出は20年から4年間に倍増、米国向けの4倍に達する。が、17年にGDPの4%を占めていた中国の対米輸出は今2%強まで低下した。ただし中国は他の代理国(other proxy countries)を通じて対米輸出を続けている。
米国は今後、中国との経済関係を再調整し、相互主義と公平性を優先して米国の経済的自立を回復させる。その場合、非敏感分野(non-sensitive factors:セキュリティクリアランスを必要としない、リスクの低い分野)に焦点を当てるべきである。
この辺りから「軍事的対立を防止せよ」に関連してゆく・・
そこで重要なのは、インド太平洋地域での戦争を防ぐため、抑止力への強固かつ継続的な注力を並行して行うことだ。米国の強力な抑止力がより規律ある経済行動の余地を生み出し、長期的な抑止力維持のための米国資源増大につながるという好循環が、この複合的アプローチによって実現し得る。
第一に米国はあらゆる国や源(any country or source=中国と名指ししていない)からの危害から自国の経済と国民を守り、防衛しなければならない。これはとりわけ以下の行為を終わらせることを意味する・・・
- 略奪的な国家主導の補助金と産業戦略
- 不公正な貿易慣行
- 雇用破壊と産業空洞化
- 大規模な知的財産窃盗と産業スパイ活動
- 鉱物や希土類元素を含む重要資源への米国のアクセスを脅かすサプライチェーンへの攻撃
- オピオイド危機を助長するフェンタニル前駆体の輸出
- 洗脳工作、影響力行使、その他の文化的破壊活動
第二に米国は条約同盟国・パートナー国と連携し、略奪的な経済慣行に対抗すると共に、統合された経済力を活用して世界経済における米国の主導的地位を守り、同盟国の経済が競合するいかなる勢力(any competing power=中国と名指ししていない)にも従属しないよう確保しなければならない。
それにはインドとの関係を継続的に改善し、日豪を含めた「クアッド」を通じ、インドがFOIPの安全保障に貢献するよう促す必要がある。更にいかなる単一競争国(any single competitor nation=中国と名指ししていない)による支配も阻止するという共通利害に沿い、同盟国・パートナー国の行動調整に取り組む。
同時に、最先端の軍事技術およびデュアルユース技術における優位性を維持・発展させるための研究に投資しなければならない。特に米国の優位性が最も強い分野、即ち水中・宇宙・核分野や軍事力の未来を決定づけるAI・量子コンピューティング・オートノマスやこれらを支えるエネルギー分野を含む。
軍事的脅威の抑止・・・
先ず、長期的には米国の経済的・技術的優位性を維持することが、大規模な軍事衝突を抑止し防止する最も確実な方法である。そして有利な通常戦力のバランスは、戦略的競争において依然として不可欠な要素である(即ち、「経済的未来を勝ち取り、軍事的対立を防止せよ」の本質を記している)。
台湾への注目が集まっているのは当然だ。その理由の一部は台湾の半導体生産における支配的地位にあるが、主に台湾が第二列島線への直接アクセスを提供し、北東アジアと南東アジアを二つの明確な戦域に分断しているためでもある。
南シナ海も、世界の海上輸送の3分の1が通っていることを考慮すると、米国経済に重大な影響を及ぼす。よって台湾を巡る紛争を抑止することと軍事的優位性を維持することが優先課題である。また米国は台湾に関する従来の政策を維持する。即ち、米国は台湾海峡における現状の一方的変更を支持しない。
米国は第一列島線における侵略を阻止できる軍隊を構築する。が、米軍単独でこれを担うことはできず、また担うべきでもない。同盟国は集団防衛のため、支出を増やすだけでなく、より重要なのは行動を起こすことで、はるかに多くの貢献をしなければならない。
米国は第一列島線の同盟国・パートナー国に対し、米軍への港湾などへのアクセス拡大、自国防衛費の増額、そして最も重要な侵略抑止能力への投資を強く促すべきである。これによりこの地域の海上安全保障課題が相互に連動し、台湾占領や防衛不可能なほど不利な戦力均衡化などの企てを阻止する米軍と同盟国の能力が強化される。
関連する課題は、いかなる競争相手も南シナ海を支配する可能性があることだ。これにより、潜在的に敵対的な勢力(potentially hostile power=中国を名指ししていない)が、世界で最も重要な商業航路の一つに通行料制度を課すか、更に悪いことにその航路を自由に閉鎖・再開する可能性が生じる。
いずれの結果も米国経済および米国の利益に損害を与え得る。これらの航路を開放状態に保つための抑止力を構築しなければならない。これには軍事力(特に海軍力)への更なる投資だけでなく、この問題で被害を受けるインドから日本などの関連国(=FOIP関連国)との強力な協力も必要となる。
大統領が日本と韓国に負担増を強く求めていることを踏まえ、我々はこれらの国々に防衛費の増額を促す必要がある。そのポイントは、敵対勢力を抑止し第一列島線を防衛するために必要な能力に置かれるべきだ。同時に台湾やオーストラリアとの交渉においては、防衛費増額に関する断固たる姿勢を堅持する。
紛争を防止するには、インド太平洋地域における警戒態勢の維持、防衛産業基盤の再構築、自国および同盟国・パートナー国による軍事投資の拡大、そして長期的な経済・技術競争での優位性確保が不可欠である。
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概ね以上のようだが、これに台湾の頼清徳総統は、米国が台湾海峡を巡る紛争の抑止を優先事項に掲げたことに感謝の意を表明した(8日の『台湾中央社』記事*)。また同日の『中央社』の別記事では、7日に米連邦議会の上下両院がそれぞれ可決した「国防権限法」に言及**している。
台湾にとって、毎年の国防予算に含まれる「国防権限法」に劣らず重要なのは、今回そこに入れられた「台湾差別禁止法案(Taiwan Non-Discrimination Act)」であろう。そのことは、本年6月にこの法案が下院を通過した際の『環球時報』の記事の論調が物語っている。
記事は「この法案は、米国政府に対し、台湾のIMF加盟、経済監視への参加、技術支援へのアクセス、そしてIMF職員のポストへの就労資格を支持するよう要求している」とし、中国国務院の報道官はこれが内政干渉で「米国議会の一部議員は、廃案となった台湾関連法案を蒸し返しており、『一つの中国』原則と米中3つの共同声明の条項に深刻に違反している。我々は断固反対する」と述べている。
今回の「高市答弁」に対する中国の執拗な攻撃にトランプ氏が沈黙していることを以て「疑米論」を持ち出す者がいる。が、CSISのVPが書いている様に、また筆者がプーチンや習近平への態度から推察する様に、彼は「政治イデオロギー」に左右されない極めて「実利的」「現実的」な人物である。
高市総理がその答弁で「台湾有事に関するRed Lineを示したこと」を「Good Job」と考えているからこそ、一方で、こと軍事面については「中国を名指しししない」こうした「国家安全保障戦略」をシレっと発出するのだ、と筆者は思っている。