ウクライナ戦争の和平に向けた関係国の外交交渉はそのテンポを速めてきた。ベルリンで14日から15日にかけ、米国からスティーブ・ウィトコフ大統領特使とトランプ米大統領の娘婿のジャレッド・クシュナー氏、ウクライナのゼレンスキー大統領、そして英仏独ら欧州首脳陣が会合し、ロシアに提示する和平案について最終的な詰めの作業が進められている。
プーチン大統領、クレムリンで大統領戦略発展・国家プロジェクト評議会の会合を開催 2025年12月8日 クレムリン公式サイトから
トランプ米政権が作成したウクライナ和平案によると、ロシア側にドネツク、ルハンスク、へルソン、そしてサボリーシャの東部4州を与える一方、国際平和部隊による国境線の管理、ウクライナの安全の保証などが明記されているという。英紙などのメディアによると、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)加盟の代わりに2027年1月には欧州連合(EU)に加盟させる案が記述されているという。ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、トランプ米政権が東部ドネツク州に非武装の「自由経済区」を設ける解決策を提案しているという。
トランプ米大統領はクリスマス前に和平の実現を目指しているが、ロシア側は米主導の和平案について正式にはまだコメントしていない。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのモスクワ特派員によると、「プーチン氏はドンバス全域の占領だけでは満足していない。ロシアは今、戦場で有利に戦いを展開しているので、停戦に応じる考えはない」というのだ。
ところで、ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して3年半以上が経過したが、ロシアが獲得した領土は変動している。ChatGPTによると、2025年11月末時点でウクライナ全土の約19%(クリミアとドンバスの一部を含む)を支配下に置いている。ロシア軍は22年3月、首都キーウに迫り、一時的にウクライナ領土の約27%(最大)を支配下に置いたが、ウクライナの反撃で減少、2024年後半から2025年にかけて再び拡大。特に2025年11月は過去1年で最大の拡大月となり、ドネツク州、ザポリージャ州などで進展が見られ、約701平方キロメートルを追加で占領した。
ロシア軍が投入した兵力と戦費は莫大だ。ロシア軍の人的損失は、死傷者数は2025年6月時点で100万人に達したと推定しており、そのうち死者・行方不明者は約25万人という。これは第2次世界大戦後のロシア(ソ連時代含む)が経験した紛争の中で最多の損失だ。2024年2月の米高官の試算によると、ロシアが軍事作戦のために装備や部隊配置、維持に費やした戦費は最大で2110億ドルに達するとされている。
戦争の長期化に伴い、ロシアは国防費を大幅に増額している。2025年の連邦予算では、国防費が歳出全体の3割以上(約13兆4,900億ルーブル、日本円で約20兆円規模)を占め、初めて10兆ルーブルの大台を突破した。戦費以外にも、武器輸出の損失や、3000両以上の戦車喪失など、膨大な装備の物理的損失も発生している。
ロシアの当初の目標は、首都キーウを速やかに制圧し、親ロシア政権を樹立してウクライナ全土を支配することだったが、その目的は達成されず、戦争は長期化している。ウクライナ侵攻により、ロシアは国際社会から厳しい経済制裁を受け、外交的にも孤立している。
欧州連合(EU)は12日、域内のロシア資産の無制限凍結に合意したばかりだ。ロシアの凍結資産を担保としてウクライナ向け融資の実現に向けての措置だ。
それに先立ち、米財務省は10月22日、ウクライナへの軍事攻撃を止めないロシアに対し、新たに大規模な制裁を科すと発表した。新たな制裁は、第2次トランプ政権下でロシアに対する初の直接的な措置だ。対象には、ロシア石油大手のルクオイルとロスネフチ、およびそれらの子会社約30社が含まれる。石油はロシア政府にとって最大の経済収入源の一つだ。同制裁が実際に実施されれば、戦時費用を石油輸出に依存するロシアにとって大打撃だ。
欧州の軍事専門家やアナリストは、現在のロシアのウクライナ侵攻を「ピュロスの勝利」と分析している。紀元前3世紀初頭にギリシアのエペイロス王国を治めたピュロス王は優れた軍事指揮官でローマ軍との戦いでも勝利を収めたが、甚大な犠牲を払ったことから、「割に合わない勝利」という意味でで「ピュロスの勝利」という表現が生まれた。ロシアはウクライナの領土の一部を新たに占領したが、当初の戦略目標の失敗、国際的孤立、そして回復困難なほどの甚大な損害を被っており、得られた利益と犠牲は釣り合っていない。
戦争は始めるよりも終わる方が難しいといわれる。プーチン大統領は自身のナラティブを掲げウクライナへ軍を侵攻させて既に3年半以上が経過した。ロシア軍は占領地を僅かだが拡大したが、人的、物資的損失は莫大だ。プーチン氏はいつまで割り合わない戦争を続けるのか。出口戦略のないプーチン氏の戦争はウクライナだけではなく、ロシアをも復興不能なまで荒廃させている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。