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政策提言委員・金沢工業大学特任教授 藤谷 昌敏
2025年11月7日の衆院予算委員会 で、高市総理は「戦艦を使い武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と発言した。これは、2015年安保法制で導入された「存立危機事態」(=集団的自衛権行使の条件)に、台湾有事が該当し得ると明確に述べたものだ。
歴代首相は、台湾有事に具体例に踏み込むことを避けてきたため、今回の発言は「戦略的曖昧性の破り」ではないかとして大きな注目を集めた。
この発言に対して、中国は以下のような強烈な反応を示した。
- 駐大阪総領事が「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」という異例の暴言をSNSに投稿(後に削除)
- 中国外務省が「内政への乱暴な干渉」「一つの中国原則に深刻に背く」と強く非難
- 日本産水産物の輸入再停止
- 中国人に対する日本への渡航自粛要請
- 英国など欧米各国、国連に対し「一つの中国」原則の順守を訴え、高市包囲網を形成しようとしている。
なぜ中国は猛反発したのか
中国は、なぜ、高市総理の発言にこれほど反応したのだろうか。
- 中国は不動産バブル崩壊や失業増大など、深刻な国内問題を抱えており、外敵を作ることで国内の不満を外に向けたい。
- 中国政府は、駐大阪総領事の暴走で引っ込みがつかなくなった。
- 高市政権は防衛費増額や南西諸島の防衛強化を進めており、中国はこれを「台湾有事への介入準備」と見ている。
こうしたいくつかの要因が考えられる。
つまり中国の猛反発の背景には、中国の経済衰退、人口減少、ストライキの頻発、汚職の蔓延などの経済的・社会的な混乱の要素が隠れている。全体を俯瞰すると、中国は長期的な衰退のサイクルに落ち込んだと言えるのだ。
中国の経済衰退
米タフツ大学准教授(政治学)マイケル・ベックリーは、FOREIGN AFFAIRS REPORT(2025,No.12,pp.26-29)「停滞する秩序下の現実-中国の衰退と覇権競争の終わり」の中で、中国の衰退原因について、次の通り指摘している。以下、要約する。
潜在的な弱点で見ると、中国の成長モデルは3つの危険な賭けに依存している。
①「純利益よりも生産量(産出)を重視」
②「広範な経済活力よりも少数の戦略的産業の成長を重視」
③「権威主義が民主主義より(経済的)ダイナミズムを提供できると立証したい」
そして旧ソビエトが戦略分野に厖大な資源を投じたことを例に挙げ、「GDPに占める研究開発費と科学技術者は米国のほぼ2倍」、「鉄鋼、工作機械、原子力技術に力」、「石油・天然ガスなどの原材料を大量生産」、「巨大ダムや鉄道を建設し、初期の宇宙開発競争では米国に先行」した。だがソビエトは、巨大プロジェクトの不足ではなく、経済全体が朽ち果てていたために崩壊した。
中国は同様の罠に嵌っている。北京は名目GDP成長率を維持するため、2008年以降、銀行の新規金融資産は30兆ドル以上増え、2024年までに銀行システムの総資産は59兆ドルに達している。これらの債務の多くは無人のマンション、赤字を垂れ流す工場、或いは不良債権だ。会計上は富に見えても実際には返済されないかもしれない借金にすぎない。かつて経済の30%を占めた不動産・建設業は崩壊し、2020年以降、推定18兆ドルの世帯資産が消滅している。
もう1つの潜在的な弱点は、人的資本だ。生産年齢人口のうち高校を卒業しているのはわずか3分の1で、中所得国の中で最低の割合だ。現在約3億人の高齢者は2050年までに5億人を超える。しかも年金制度は労働人口の半分しかカバーしておらず、2035年には財源が枯渇する。
中国の強みとされる電気自動車、バッテリー、再生可能エネルギーは、補助金により、供給過剰、価格競争で、ゾンビ工業地帯が誕生している。高速鉄道は約1兆ドルの債務を積み上げ、大半の路線が赤字だ。中国は、表面的には大きな資産を抱えながらも、水面下では潜在的な弱点が高まる脆弱な経済だ。
頻発する社会混乱
経済の長期停滞の中、中国ではストライキが多発しており、習近平個人や体制を批判する動きも出てきている。
ストライキは、2023年1794件、2024年1509件だが、実際には年1万件以上発生していると見られている。原因は賃金未払や遅延、工場閉鎖などである。また、重慶の巨大スローガン投影事件(2025年)では、重慶市の高層ビルに巨大な反共スローガンが投影される事件が発生した。軍事パレード直後で、体制への不満が象徴的に表出したものである。
四川・江油の抗議活動(2025年)は、少女暴行事件の処理をめぐり、警察・地方政府の不正義に対する不満が噴出した。
汚職腐敗の蔓延
加えて問題なのは、汚職腐敗が党や軍などにはびこっていることである。
2025年10月に一斉処分が公表された軍幹部9名の中には、中央軍事委員会の制服組ナンバー2の何衛東前副主席や苗華前委員、台湾方面を管轄する東部戦区の林向陽前司令官がいる。いずれも福建省アモイ市に拠点を置く旧第31集団軍の出身で、習氏に近い「福建閥」だった。
処分が発表された半数が台湾方面を管轄する東部戦区と関わりがある。何氏と苗氏は同戦区の前身の旧南京軍区に40年以上、勤めた。甘粛省蘭州市に本部があった旧蘭州軍区など、残る半数も苗氏と過去の勤務地が重なる。人事を担う政治工作畑を歩んだ苗氏のもと、報酬を見返りとする人事に手を染めた可能性がある。
台湾統一に向けて頼りにしてきた福建閥の裏切りは、習近平氏にとって大きな痛手となったであろう。
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学特任教授(危機管理論)。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。