米国のための麻薬戦争? メキシコ・シェインバウム大統領が挑む直接対決

麻薬組織と真っ向から対峙する現政権

前大統領ロペス・オブラドール氏は、麻薬組織との直接対決を避け、「銃弾の代わりに抱擁を」というスローガンを掲げて緩和策を実行していた。その背景には、彼の大統領選挙資金が、シナロア州とタマウリパス州の2州において、麻薬組織シナロアから提供されていたことも理由としてある。メキシコの政治において、麻薬組織とつながりがあることは珍しいことではない。彼ら麻薬組織が大統領の暗殺に動けば、それは不可能ではない。それだけ麻薬組織が政治機関に深く介入しているからだ。

ロペス・オブラドール政権下における麻薬組織への緩和策に、目立った成果は見られなかった。むしろ結果は逆で、彼の政権下で殺害された人数は19万9000人に上る。この数字は、殺害件数が多かったとされる二人の前任者、ペーニャ・ニエト氏とフェリペ・カルデロン氏の両大統領政権下を上回った。

昨年10月に大統領に就任したクラウディア・シェインバウム氏は、ロペス・オブラドール氏に最も信頼されていた政治家であった。ところが、大統領に就任するや否や、前任者とは正反対に、麻薬組織と直接対決する姿勢を打ち出した。そこには、隣国である米国のトランプ大統領からの圧力も影響している。

そのため、彼女はメキシコシティー市長時代に治安を担当していたオマール・ガルシア・ハルフチ氏を、政府の治安・安全相に任命した。同氏は、前任者の「銃弾の代わりに抱擁を」という政策に強く反対していた人物である。

麻薬組織との対峙は悪い結果を生んでいる

ところが、当初期待されていた成果は見られず、逆に悪い結果が表面化している。彼女の就任からわずか1か月の間に31人の警官が殺害され、150人以上の軍人が行方不明となった。さらに、就任から1年余りが経過した現在までに、11人の自治体首長が殺害されている。しかも、これらは特定の政党に集中しているわけではなく、異なる政党に属する首長たちである。

その上、5月以降は行方不明者の数が増加し、大都市における治安の乱れも発生しているという。例えば、シナロア州は複数の麻薬組織が活動する州であり、暴力事件が日常的に起きている。市民の車が焼かれたり、民家が荒らされたりする事例が相次ぎ、市民の間に不安が広がっている。

しかも、メキシコの警察や司法の機能は十分とは言えず、犯罪者を逮捕しても、証拠不十分などを理由に釈放されるケースが少なくない。

唯一、国内における明るいニュースとしては、今年8月の殺害人数が、昨年同月の86人から56人に減少した点が挙げられる。

米国はシェインバウム氏に感謝せねばならない

一方、米国ではシェインバウム氏による厳しい取り締まりの成果が現れている。昨年10月から今年3月までに押収された麻薬の量は、前年同期と比べて30%減少したという。さらに、メキシコ政府は、現在最も致死率が高いとされる合成麻薬フェンタニルの製造拠点の破壊にも乗り出している。また、麻薬の押収に加え、関連する資金洗浄用の口座を凍結する措置も進めている。

これらの取り組みの恩恵を、最も直接的に受けているのは米国である。