「人助けで損をする社会」をどう救うのか?

黒坂岳央です。

先日、報道番組『Abema Prime』に出演し、「助けない社会・注意しない社会」という極めて深刻なテーマについて議論を交わした。

画像:Abema Prime

番組内では、救護活動をSNSで晒されたゲストの苦悩や、トラブルを恐れて一切の関わりを拒絶する出演者の意見など、現代のリアルな「対人リスク」が浮き彫りになった。筆者はこの現象を、単なるモラルの低下ではなく、経済合理性に基づく「リスク回避行動」であると分析している。

番組で話しきれなかった背景も含め、日本社会が陥っている構造的欠陥について論じたい。

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日本も「助けない中国化」

2006年、中国では怪我人を助けた人が逆に犯人扱いされ、損害賠償を請求される事件が起きた。転倒した高齢女性を助け、病院まで送り届けた青年に対し、裁判所は「自分が突き飛ばしたのでなければ、見ず知らずの人間を助けるはずがない」という驚くべき論理で賠償を命じたのだ。いわゆる「ポン・ユー(彭宇)事件」として知られている。

その結果、「倒れている人は無視する」という不作為が社会問題化。2011年には車にはねられた女児を通行人が無視して命を落としたという痛ましい事件も起きている。

当時、日本のSNSでは「中国は道徳心が低いが、日本人は民度が高いからそうはならない」と主張する者が多かったが、今、日本でも全く同じことが起きている。

行動経済学で読み解く「損失回避性」の罠

なぜ、日本人は人を助けなくなったのか。これは「心がなくなった」といった情緒的、国民道徳の問題ではない。「正直者がバカを見る」というインセンティブ構造が引き起こしている。「人助け」という本来、損得が入りようがない活動に経済合理性が入り込んでいるのだ。

確率論だけで言えば、人助けをして感謝されるケースが9割以上だろう。しかし、人間には「得られる利益(感謝)よりも、失う損失(トラブル・不快感)を2倍以上大きく感じる」という性質(損失回避性)がある。

これは筆者の体験談だが、電車で席を譲って感謝されることに味を覚えて、毎回積極的に譲っていたのだが、過去に一度「年寄り扱いするな!」とものすごく怒られてしまい、それ以降席を譲るのが怖くなってしまったのだ。

問題はそれが「個人の体験談」で収まらず、SNSによって瞬時に社会全体に拡散されてしまうことだ。日本のどこかで差し伸べた救いの手を跳ね除けられる事例が見えると、「人助けなんてするもんじゃない」と多くの人の価値観に刷り込まれる。

今の日本社会において、見知らぬ人への介入は、感謝という不確実なリターンに対し、社会的地位の喪失という巨大なリスクを背負う「ハイリスク・ノーリターン」の投資行動に成り下がっているのだ。

SNSという「法より強い力」

現代社会ではSNSとスマホにより、一億総ジャーナリスト時代となっている。

倒れている人を助けようと体に触れれば、その様子を第三者に撮影され、「痴漢だ」「暴力を振るっている」という誤ったコンテキストで拡散されるリスクがつきまとう。SNSでは「良い話」はバズらないが、「理不尽なトラブル」は瞬時に拡散される。

仮に「緊急事態に人助けの文脈で起きたトラブルは法律が守る」と言われても、「疑わしきは罰する」になっているのがSNSだ。もはや、SNSは法律より強くなっている。

法律で「実は冤罪だった」と後ほど明らかになっても、SNSで炎上してデジタルタトゥーに残れば後にその汚名を挽回することはもう不可能に近い。一人ひとりに「本当は違うんだ」と弁解してまわることはできないからだ。

テクニカルな助け方

筆者が実践している「自分の安全を確保する助け方」をいくつか紹介したい。

1つ目は質問することだ。たとえばコンビニ店員がクレーマーに攻撃を受けているなら「どうかしたんですか?」と尋ねる。「やめなさい」というと相手のプライドを刺激して激昂しかねないが、質問することで相手は自分の悪行を言語化する必要性に迫られ、そこで感情はかなりの程度、鎮火するだろう。

もう1つは相手の状況を見る。筆者は外国人の無作法を止めたことがあるが、それは相手が小さな子供の父親だとわかったからだ。筆者も父親なので気持ちがわかるが、どんな親にとっても最大の急所は「子供」である。子供がいる前で他人に暴力を振るったりすることはできない。その逆に一人で暴れている男性の場合は、筆者も止めることはかなりの勇気を必要とするというのが本音だ。

人助けもリスクを伴う難しい社会になってきた。だが、全員が見て見ぬふりとなれば暴れる人を見て「何をしてもいいんだ」と触発される人も出てくる。いわゆる割れ窓理論だ。そうなっては日本の治安も地に沈む。筆者一人でできることは限られるが、できる限りの人助け努力はしたいと考えるのである。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。