ロシア連邦捜査委員会は22日、モスクワ南部で自動車が爆発し、ロシア軍のファニル・サルワロフ中将が死亡したと発表した。現地メディアによると、サルワロフ氏が車に乗り、発進させた直後、車体前部に仕掛けられたとみられる爆発物がさく裂したという。ロシアではウクライナ保安庁(SBU)が関与した疑いが濃厚な「軍高官暗殺事件」が相次いでいる。
ネタニヤフ首相はモサド(諜報特務庁)とISA(総保安庁)の高官と会談(2024年4月18日、イスラエル首相府公式サイトから
モスクワ東郊で4月25日に駐車中の自動車が爆発し、ロシア軍のモスカリク参謀次長が死亡した。連邦保安局(FSB)は後日、ウクライナの工作員の男を逮捕したと発表した。FSBによると、男はウクライナ在住で、モスクワ州にある工作拠点から手製の爆弾を持ち出して車に設置。爆弾はウクライナからの遠隔操作で起爆したという。
2024年12月には、モスクワで生化学兵器部隊トップらが死亡する爆発事件が発生した。モスクワ南東部、リャザンスキー大通りの住宅街でロシア軍の放射線・化学・生物防護(NBC)部隊の司令官イーゴリ・キリロフ中将(54)が暗殺された。爆発装置が住宅の入り口付近に停めてあった電動スクーターの中に隠されていた。キリロフ氏らが建物から出てきたタイミングを狙い、遠隔操作で爆発が起きた。
ウクライナ政府は事件の前日、キリロフ氏がウクライナでの禁止化学兵器(催涙ガスなど)の使用を主導したとして、戦争犯罪の容疑で不在のまま起訴したばかりだった。SBUはキリロフ中将暗殺の犯行声明をメディアに通達している。この事件は、モスクワ中心部において、ロシア軍の技術系エリートが精密な監視と遠隔爆破によって殺害された象徴的な事例だ。モスクワに大きな衝撃を与えた事件だ。
興味深い点は、SBUの犯行目的や仕方がイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)のそれと酷似していることだ。イスラエルのモサドは過去、イランの核開発計画を推進する核物理学者の暗殺を繰り返し実行してきた。例えば、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が2020年11月27日、何者かに襲撃され、搬送された病院で死去した。報道によると、ファクリザデ氏の乗っていた車の前に爆弾を荷台に隠していたトラックが接近し、爆発。他の車両からも銃撃を受けたという。イラン当局は暗殺事件がイスラエルのモサドの仕業と見ている。
2010年1月12日には、テヘラン大学の核物理学者マスード・アリモハンマディ教授がオートバイに仕掛けられた高性能爆弾で殺害された。同年11月29日には、シャヒード・ベンシュティー大学工学部で核物理学の教鞭を取り、イラン原子力庁のプロジェクトにも関っていたシャハリアリ教授がテヘラン北部の爆弾テロ事件で殺された。もう1人の核科学者は負傷。そして11年7月23日には、テヘランの自宅前で同国の物理学者ダリウシュ・レザイネジャド氏が何者かに暗殺されている。また、同時期には同国核物理学者のシャラム・アミリ教授がサウジアラビアへ巡礼に行って以来、行方不明となっている(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。
すなわち、モサドはイランの核開発を阻止するために同計画を主導してきた核物理学者を暗殺する一方、SBUはロシアの対ウクライナ戦争で主導的な軍将校たちをターゲットに暗殺を実行しているわけだ。両者はターゲットこそ違うが、その暗殺方法は酷似しているのだ。
西側情報機関筋は、SBUとモサドが工作活動(オペレーション)でひそかに連携していると受け取っている。実際、SBUは、その活動指針や手法においてイスラエルのモサドを強く意識している。SBUの特殊作戦に携わる幹部や将校らは、「私たちは新しいモサドだ」「どこに隠れようとも、どれだけ時間がかかろうとも、必ず裁きを下す」と公言している。第2次世界大戦後のナチス戦犯を世界中で追跡・処刑したモサドの手法を、ウクライナにおける戦争犯罪に関与したロシア軍幹部や協力者への報復モデルとして採用しているといわれる。
また、SBUがモスクワなどで実行している爆発事件は、モサドが過去にイランや中東で行ってきた「精密な標的殺害(Targeted Killing)」と多くの共通点がある。2024年12月のキリロフ中将暗殺のように、現場周辺にカメラを仕掛け、標的が爆弾(電動スクーターや車爆弾)の至近距離に来た瞬間に遠隔起爆する手法は、モサドの得意とするやり方だ。
両組織の急接近を裏付けるように、協力関係は深まってきている。モサドはキーウでの人員を増強し、SBUや軍情報局(GUR)との会合を頻繁に行っている。ウクライナ側はロシアがイランと共有しているミサイル技術などの情報をイスラエル側に提供、その見返りとしてモサドからクレムリン内部の戦略的な情報や、ロシア国内での秘密工作に関する助言を得ている、といった具合だ。
SBU(ヴァシーリー・マリューク長官)はソ連時代のKGBの後継組織であり、久しく「汚職にまみれた旧ソ連型の情報機関」と受け取られてきたが、ロシアとの戦争を通じて「西側・イスラエル流の高度な秘密工作機関」へと変貌を遂げてきたといわれる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。