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令和8年度与党税制改正大綱を受け、不動産投資家の間では「今回の改正は投資に逆風なのか」という声も聞かれる。しかし、結論から言えば、今回の大綱は不動産投資そのものを一律に抑制する内容ではない。一方で、投資の在り方について、明確な方向性が示されている点は見逃せない。
まず押さえておくべきは、今回の大綱において、不動産所得課税や譲渡所得税、減価償却制度といった、投資家の損益に直結する税制に大きな改正は盛り込まれていない点である。少なくとも現時点では、「不動産投資全体を対象とした増税」や「包括的な規制強化」が意図されているわけではない。
しかし、大綱を丁寧に読み込むと、不動産投資に関して是正の対象として明確に意識されている論点が2つ存在する。
一つ目は、貸付用不動産の評価方法の見直しである。大綱では、「公平かつ円滑な納税環境の整備」という枠組みの中で、「不動産に係る公平の確保」が掲げられ、その一環として賃貸不動産の評価方法について検討を行う方針が示された。背景にあるのは、都市部を中心に、賃貸不動産を活用することで、実勢価格と相続税評価額の乖離が過度に拡大しているケースが増えているという問題意識だ。
もっとも、この点については、「関連団体等の意見を聞きつつ検討する」と明記されており、来年度から直ちに制度改正が実施される性格のものではない。過去の税制改正の運用を見ても、相続税評価という制度の根幹に関わる論点については、問題提起から実施まで一定の検討期間が設けられるのが通例である。したがって、現時点では「検討フェーズに入った」と理解するのが妥当だろう。
とはいえ、相続税対策を主目的として、評価圧縮効果のみを前提に不動産を取得する投資手法については、中期的な前提条件が変わる可能性を織り込んでおく必要がある。一方で、収益性や事業性に基づく賃貸経営そのものが否定されているわけではなく、過度な評価圧縮に依存したスキームを是正しようとする政策的メッセージと受け止めるべきだ。
二つ目は、新築マンションを中心とした短期売買への対応である。大綱では、不動産価格高騰への対応として、投機的取引の抑制が明示されている。特に、新築マンションの引渡し前後に行われる短期転売や、居住実態を伴わない売買が問題視されている点は明確だ。
この点については、短期譲渡所得税の税率引き上げなど、即座に税制改正が行われるわけではなさそうだ。しかし、金融機関への注意喚起や業界団体を通じた指導、取引実態の把握強化といった行政運用によって比較的早期に市場へ影響を及ぼす可能性がある。過去を振り返れば、不動産市場においては、税制改正よりも先に金融機関の融資姿勢が変化することで、市場環境が転換した例は少なくないので、注意が必要だろう。
その意味で、キャピタルゲインを狙った短期転売型の投機的取引は、今後一層やりにくくなる可能性が高い。一方で、中長期保有を前提とした賃貸運用や、実需に基づく投資まで否定されるものではない点も重要だ。
これら2つの論点を踏まえると、今回の税制改正大綱が示しているのは、「不動産投資の全面否定」ではなく、「投資の選別」であると言える。節税効果や短期的な値上がり益に過度に依存する投資については是正の対象としつつ、事業性や持続性を伴う投資については、相対的に静観する姿勢が読み取れる。
不動産投資家にとって重要なのは、条文上の改正点だけを見るのではなく、その背後にある政策の意図と時間軸を正しく理解することだ。今回の大綱は、不動産投資を一律に抑え込むものではない。しかし同時に、「どのような投資が望ましいか」という基準を、これまで以上に明確に示し始めた転換点である。投資家は、このメッセージをどう受け止め、次の戦略を描くかが問われている。