黒坂岳央です。
「ファーストクラスのトイレは、フライト後でも驚くほどきれい」
これは複数のCAから聞かれるよくある話だ。これに対し、
「ファーストクラスはそもそも利用人数が少ないからでしょう」
という反論がなされることも多い。確かに利用人数の少なさや、最新の自浄技術(真空吸引やUV殺菌)が清潔さを支えている側面は否定できない。
しかし、どれほど優れたシステムも、使う側のモラルが低ければ完全には機能しない。「システムの恩恵」と「使う側のマナー」が共鳴したとき、初めてあの静謐な清潔さが完成するのだ。
「最後は人による」という意見も多いが、筆者はその「力学」を考えたい。
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マナーと所得は相関する
「マナーと所得水準は相関する」という因果がよく言われる。
だが、これは「他者への想像力や自己規律という行動を積み重ねた結果、所得がついてきた」という逆の因果こそが本質だろう。因果関係はともかく、結果としてマナーと所得は往々にして相関する傾向は誰もが感覚値として持っているのではないだろうか。
筆者の親族には宿泊業に従事する人がいるのだが、いわく「格安キャンペーンなどで宿泊費を下げた際、マナーの悪い利用者が顕著に増える」という。酔っ払ってレストランで騒ぐ、食べ放題でこっそり持ち帰る、部屋をすさまじく汚して帰る、そしてどうしようもないクレームを長時間つける、などだ。
「所得が低い層はマナーに気を配る余裕がない」といった道徳的優劣の話もあるが、筆者はそれだけではないと思っている。
ミニマリストは外出先で散らかさない
筆者は「一流」と呼ばれるような立派な人物ではないが、所得や仕事の水準が高まるに連れて、マナーや「公共の場の原状回復」への意識も自然と高まったという肌感覚がある。
その理由はシンプルに「荷物が減ったから」というものだ。今では旅行や出張ではスマホ一台だけの手ぶらで行くこともある。一流ほど荷物が少ないという話はよく知られているが、そもそも荷物が少なければ、それだけ散らかる要素が減る。
さらに「行動のミニマリスト化」もある。普段、旅行や出張に行かない人は非日常を存分に堪能するため、アメニティや館内施設を使い倒さないと損!となる。
「せっかくお金を出したのだから、使い倒さないともったいない」という心理が働く層は、アメニティを散乱させ、過剰なサービス消費を試みる。その結果、空間が乱れる可能性はあるだろう。
だが、何度も経験して慣れてくると、特にビジネス出張では「寝る場所」でしかなくなる。筆者は今では、ほとんどの出張において未使用に近い状態でチェックアウトするが、「マナーへの意識向上」という以上に「行動や荷物のミニマリスト化」という別の要素が大きいと思っている。
散らかすほどの荷物も持参しておらず、ただ寝るだけの空間なので「散らかさない」ではなく「散らかせない」のだ。
一流は普段からマメ
そして決定的なのが「一流は普段からキレイ好き」というものだ。
トイレを汚さない人は、自宅でも同様の習慣を持っていることが多い。 家をきれいに保つ習慣がある人は、「汚してから掃除するよりも、汚さないように使う方が圧倒的にコストが低い」ことを体得している。さらに「汚れたらその場でマメに掃除するほうが、まとめて大掃除より合理的」と考える。
この「汚さない」という回避本能が、外出先のトイレにおいても自然と発揮されるのだ。
筆者は昔、自他ともに認める「片付けられない人間」だった。部屋は多くのもので散らかり放題。机の隅っこはホコリがたまり、とても人を呼べるような家ではなかった。
ところが、現在はコロッと状況が変わった。普段から汚れないように使うし、少しでも散らかれば即片付け。なので今では年末年始の大掃除は全くしない。普段からマメにきれいにしているので、大掃除の必要性がないのだ。
当然、外出先でも家と同じように振る舞うので汚れないし、万が一汚したら反射的に即きれいにしてしまう。
もちろん、精神的、時間的余裕があり、「見られている」感覚で、公共の場での振る舞いに気をつける、という事情もあるだろう。だが、そもそも論として言われるまでもなく、汚してまわるようなライフスタイルでないと思うのだ。
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結局のところ、トイレをはじめ、公共での振る舞いはその人の人生における普段の振る舞い、ひいては人生そのものの生き方を映す鏡と言えるのではないだろうか。
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