ウクライナ軍の91機の長距離ドローン(無人機)が12月28~29日の夜にかけ(現地時間)、モスクワとサンクトペテルブルクの間のノヴゴロド州にあるプーチン大統領のヴァルダイ邸宅を攻撃した、というモスクワ側の主張は現時点では証拠不十分だ。というより、ロシア軍の防空システムが全ての無人機を撃墜したというのならば、その残骸でも回収して国際社会の前に展示すればロシア側の主張に少しは説得力が出てくるだろう。
と、考えていたら、ロシア国防省は31日に入り、ウウクライナのドローンとみられる破片を映したビデオを公開した。ロシア航空宇宙軍の防空ミサイル部隊司令官、アレクサンダー・ロマネンコフ氏は「今回の攻撃は綿密に計画され、複数の段階を経て実行された。攻撃に使用されたウクライナ製無人機は、ウクライナのチェルニーヒウ州とスムイ州から発射された。標的はノヴゴロド州にあるプーチン大統領官邸だった」と述べている。ただし、公開されたドローンの破片が今回、ロシアの防空システムが撃墜したものかどうかは確定できない。
声明文を読み上げるロシアのラブロフ外相、2025年12月30日、ロシア外務省公式サイトから
なぜ今、この話を蒸し返すのかと言えば、欧米とウクライナが作成した20項目から成るウクライナ和平案が「プーチン大統領官邸攻撃説」が契機となってひょっとしたら葬られる可能性が出てきたからだ。
プーチン大統領が29日、トランプ大統領との電話会談の中でウクライナ軍が大統領官邸を攻撃したことを報告、トランプ氏は「恐ろしいことだ」と語り、プーチン氏に同情を示し、「証拠があれば調査する」と答えたというから、ウクライナ和平交渉の流れが変わるかもしれなくなったのだ。具体的には、トランプ氏が再びロシア側に傾く可能性が出てきたのだ。ちなみに、米ロ両国は28日、両国間で安全保障と経済問題に関する作業部会設を設置して協議を継続することを決めている。
ノヴゴロド州の大統領公邸(モスクワから約326㌔)はプーチン大統領が週末に家族と過ごすことが多い場所というから、ウクライナ軍の大統領公邸攻撃が事実とすれば、大統領暗殺を視野に入れた奇襲攻撃だったことになるから、ロシア側が激怒するのも当然かもしれない。実際、ラブロフ外相は29日に声明文を読み、ウクライナへの報復攻撃を示唆した。なお、プーチン大統領が無人機攻撃の時に公邸にいたかどうかは不明だ。
モスクワ側の批判に対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は「モスクワの主張は全くの嘘だ」と吐き出すように反論。アンドリー・シビハ外相は30日、他国に対しロシアの主張を信じないよう呼びかけ、「ロシアはウクライナの攻撃の証拠がないので苦慮している。そのような攻撃は行われていないからだ」と述べた。
米国の非営利シンクタンク「戦争研究所」(ISW)によると、「ロシア内陸部におけるウクライナの攻撃で通常見られるパターンとは一致していない。ロシアで確認されたウクライナの攻撃は、一般に公開されている情報源で検証可能な痕跡を残すが、今回はない」と報じている。プーチン大統領官邸付近でのウクライナ軍による攻撃に関する映像や地元・地域からの報告はないというわけだ。
また、ドイツの代表的週刊誌シュピーゲル((オンライン版)は30日、「ロシアの各地域へのドローン攻撃に関する主な情報源は、担当知事とロシア国防省のTelegramチャンネルだ。ノヴゴロド州知事アレクサンダー・ドロノフ氏は、12月28日と29日に合計41機のドローンが撃墜されたと報告していたが、プーチン大統領官邸への攻撃については何も言及していない」と報じている。
プーチン大統領官邸への攻撃の証拠がないため、早くもクレムリンによる偽旗作戦(False flag tactics)ではないかと憶測が広がっている。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのモスクワ特派員ライナー・ムンツ氏は、「クレムリンが進行中の和平交渉を妨害するためにウクライナ軍のプーチン大統領官邸攻撃という情報を利用している」と解説していた。
プーチン大統領官邸は厳重に警備されている。少なくとも19基の防空システムが周辺に設置されているが、地元住民の話として、ロシアの反体制メディア「SOTA」は「12月29日にヴァルダイで防空活動は確認されなかった」と報じている。
ラブロフ外相は30日、声明文を発表している。曰く「モスクワは、12月28日夜から29日にかけてキエフ政権がノヴゴロド州にあるロシア連邦大統領官邸に対して行ったテロ攻撃を非難してくださった外国の友人およびパートナーの皆様に心から感謝申し上げる。この事件は、キーウで不法に権力を握っている集団のテロ性を再確認させるものだ。彼らの直接の指示の下、ロシア領内で旅客列車が爆破されたほか、民間人を標的とした多数の攻撃や、ジャーナリスト、政治家、市民社会指導者の殺害が行われている」(ロシア外務省公式サイト)と述べ、ウクライナ軍が民間施設を攻撃していると批判したが、事実は逆だ。ロシア軍は連日、キーウなどで民間施設や住居にミサイルや無人機攻撃を繰り返しているのだ。
ラブロフ外相の虚言癖は治癒されていない。同外相は2023年3月3日、インドの首都ニューデリーで開催された国際会議で「わが国は戦争を止めようとしている」、「(ウクライナ)戦争はウクライナの攻撃で始まった」と語った時、会場から笑いが漏れたことがある。ラブロフ外相の「嘘」と中国外務省の「嘘」の違いは、ロシアの外相の「嘘」は全く事実に基づかないものであり、多くの場合、如何なる説明や弁明もない(「中露外交官の『嘘』の比較論」2023年3月5日参照)。
参考までに、プーチン大統領が推定1400億円に相当する豪華な宮殿を持っていることは余り知られていない。ロシアの反体制派アレクセイ・ナワリヌイ氏の調査チームは2021年1月19日、プーチン大統領がロシア南部の黒海沿岸に豪華な「宮殿」を所有していると暴露する動画を公開したことがあった。敷地面積は7,000ヘクタールで、ヘリポートやスケートリンク、劇場、カジノなどを備えているというから、その超豪華さが分かるというものだ。
ウクライナ軍がプーチン氏のヴァルダイ公邸ではなく、黒海沿岸の豪邸に無人機攻撃した場合、ロシアのメディアは果たして報道するだろうか、と考えてしまった。
プーチン大統領 クレムリンHPより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。