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高市首相「台湾有事」発言の余波だろうか。昨年末に、中国が台湾付近で軍事演習を行ったことが、話題となった。台湾付近で軍事演習を行うことは、決して珍しいとまでは言えない。もっとも規模は比較的大きめであったようだ。
これについて、イギリス、フランス、ドイツが、即座に懸念を表明した。そこで日本で、欧州を専門にしている国際政治学者らが、「国際社会が一致団結して中国に反対している!」などと盛り上げる現象が見られた。
欧州諸国が、日本に気を遣ってくれているのは、確かなのだろう。そのこと自体は、日本にとって、悪いことではない。もっとも現在、日本は、欧州に多額の投資をしている。日本のウクライナ支援は、欧州域外の国としては、突出している。来年度予算でも9,400億円以上のウクライナ支援を計上しているようだ。
これは今だけの話ではない。戦争が終結した後も、欧州諸国は、巨額の財政支援の継続を、日本に求めてくる。というか、日本の財政貢献は、ほとんど織り込み済だ。ウクライナ支援とは、ウクライナを支え続けなければならない欧州諸国に対する支援のことでもある。日本は、欧州諸国と援助調整はするだろうが、総合的には欧州諸国の財政負担を減らす意味もよく知りながら、ウクライナ支援を行う。
日本では、岸田首相の「今日の欧州は、明日の東アジア」の標語を、今でも国際政治学者らが繰り返している状況が続いている。そんな日本を見て、欧州諸国が、安全保障問題で、日本に多少の配慮をするのはむしろ当然だろう。
まして日本は、欧州に巨額の財政支援を行ってきて、しかも将来にわたっても行おうとしているわけだが、欧州はいわば「口先介入」だけだ。お安い御用と言える。
本来であれば、日中対立を見ながら、あるいは中国の軍事演習を見て、近隣のアジア諸国がなお沈黙している点にこそ、むしろ日本は注意を払わなければならないはずだ。しかし欧州を専門領域にする「専門家」層が、どっぷりと欧州中心主義に浸りきった世界観をメディアで日々語り続けているので、一般人も「欧州が国際社会の中心」といった前時代的な発想を捨てることができなくなってしまっている。
ロシアのウクライナ全面侵攻以降、対ロシア制裁に参加する友好国のための「口先介入」のような行動は増えたかもしれないが、国際社会全般への影響力の広がり、という点で、欧州諸国の外交に、何か進展があったかどうかは、疑わしい。
東南アジアは、もはや欧州の開発援助などを受けるレベルではないうえに、貿易相手としても欧州の存在感は乏しい。その他の地域を見ても、フランスが西アフリカの仏語圏諸国の幾つかから追い出しを食らっているのは劇的すぎる事例としても、欧州諸国の威信が増しているといった事例は見当たらない。
欧州諸国は、脱植民地化の後、植民地化の歴史の負い目を振り払うために、開発援助を通じた支援を、国際的に主導してきた。トランプ大統領が国際協力に否定的なことばかりがメディアで取り上げられるが、ここ数年、欧州諸国の国際開発援助が大きく減少していることは、少しでも国際協力業界を知る者にとっては、すでに常識である。なぜそうなっているかというと、他の地域に振り向ける資源を減らして、欧州ウクライナ支援にあてているからである。
そもそもウクライナ支援は軍事支援が巨額で、欧州諸国にとって大きな財政負担となっている。そこで欧州各国は、まず政府開発援助(ODA)の総額を、減らしてきている。そのうえでさらに、ODAの予算の内側で、ウクライナの民生支援を優先させていたりするので、他の地域に振り向けられる予算は、二重に圧縮されてしまっている。
トランプ政権の対外援助への消極的な姿勢ばかりが話題になるが、援助の絶対額を欧州諸国と比較すれば、アメリカの援助額は決して小さくない。しかも、植民地主義の負い目がないアメリカと、欧州主要国とでは、対外援助の意味が、大きく異なる。もっと言えば、欧州が目の敵にする中国やロシアも、地理的に隣接した周辺国を除けば、植民地化あるいはそれに類する侵略行為の歴史はない。負の遺産を相殺するために援助をしてきた欧州諸国の対外援助の削減は、欧州諸国の国際的な影響力を確実に下げる。
現在、欧州主要国の経済状態は芳しくない。かつて欧州経済のけん引役だったドイツの2025年の経済成長は、0.2%と見込まれている。23〜24年はマイナス成長だった。ドイツは、それでも大軍拡に舵を切る覚悟を変えていない。ロシアとの全面対決の準備を優先させて軍拡路線に走る姿勢だ。
低経済成長・大軍拡路線は、日本も同様だ。そのため、日本と欧州諸国は、相互に称賛しあう関係にあるとは言える。だが、万が一にも、その他の諸国がその様子を羨んでいる、などということはない。基本的には、無意味な争いに巻き込まれないようにしておこう、という程度のことだろう。
日本が欧州諸国と仲が良くなることに悪いことは何もないが、他の諸国との関係はあらためて冷静に見ていかなければならない。
私自身は、南アジアや東アフリカの研究者たちと会合を重ねた後、報告書を出したばかりのところだが、これらの地域の識者たちと、日本の「専門家」層とが、大きく異なる世界情勢の認識を持っている点は、非常に印象深いところだった。
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