ベネズエラの民主化は始まっていない

新年早々、トランプ米政権はベネズエラに軍事介入し、寝室にいたマドゥロ大統領とフローレス夫人を拘束し、米国に移送した。そして5日、マドゥロ大統領夫妻はニューヨークの米連邦地裁に出廷した。同日、ベネズエラの首都カラカスの国会では不在の大統領に代わって職務を継続するためにロドリゲス副大統領が暫定大統領に就任した。

ベネズエラの国旗を掲げるカラカス市民 バチカンニュース2026年1月6日

ビジネス・アズ・ユージュアルではないが、ベネズエラは再び3日前の日常生活に戻った、という感じがする。路上には国民の姿は少なく、警察官が警備に当たっている姿だけが放映されていた。カラカスではマドゥロ大統領の拘束を批判する大統領支持者たちが抗議デモを行っていたが、その数は限られていた。

トランプ政権のベネズエラ軍事介入、マドゥロ大統領の拘束は海外では大きなニュースとして報じられているが、現地の風景はそれとは対照的に何事も起こらなかったような感じさえする。独裁者マドゥロ大統領がいなくなったのだ。もっと国民は路上に出て大声を挙げて喜んでもいいはずだ。

ロドリゲス副大統領が暫定大統領に就任し、軍や警察は暫定大統領の下でその職務をこなしている。軍クーデターとか、野党グループの民主化を求める大規模なデモ集会が開催されたとは聞かない。マドゥロ大統領を米国に移送したトランプ政権も目下、さらなる軍事行動を実行する気配はない。米軍の特殊軍事作戦はマドゥロ大統領を拘束することだけが目的だったといった感じだ。

もちろん、マドゥロ大統領の追放を喜んでいる人々はいる。海外に逃避したベネズエラ人だ。マドゥロ大統領の拘束が報じられると、スペインに住むベネズエラ人は路上に出て、喜びを全身に表していた。「この日を長い間待っていた」と語るベネズエラ女性がテレビに映っていた。

ベネズエラの人口は約2800万人だが、マドゥロ政権の弾圧を恐れ国外に避難した数は700万から800万人にもなる。隣国コロンビアに約290万人、ペルーに約166万人、そして米国には約118万人のベネズエラ人が避難している。欧州では言語が共通ということでスぺインに避難するベネズエラ人が多い。その数は最大70万人と言われている。マドゥロ政権の迫害を恐れて避難した国民は人口の25%を超える。ちなみに、2024年の大統領選挙でマドゥロ氏を破って勝利した野党候補のゴンサレス氏や昨年ノーベル平和賞を受賞した反体制派活動家マリア・コリナ・マチャド氏は現在、国外に避難中だ。

冷戦時代、旧東欧共産諸国では多くの国民が独裁政権打倒のために立ち上がったのを目撃した当方にとって、マドゥロ大統領拘束後も国の民主化に立ち上がらないベネズエラ国民を不思議に感じていたが、その理由が分かったような気がした。ベネズエラには「コレクティーボス」と呼ばれる組織が暗躍し、国民を弾圧している、という情報を知ったからだ。国民は依然、彼らを恐れているというのだ。

ラテンアメリカ支援団体アドベニアトのCEO、マルティン・マイヤー神父は5日、独エッセンでカトリック通信社(KNA)とのインタビューで、「国民の間には深い不信感が広がっている。誰も路上で公然と発言しようとはせず、ましてや政権を批判することなど考えられない。この根強い不安感の主な原因は、いわゆる”コレクティーボス”の存在だ」というのだ。

ベネズエラにおけるコレクティーボス(Colectivos)とは、政府を支持する武装した市民グループ(民兵組織)だ。政府の政策を支援・実行し、反政府デモの鎮圧や監視活動を行う一方で、しばしば暴力行為や犯罪行為に関与しているとされる。彼らはボリバル革命の「防衛」を掲げ、チャベスやマドゥロ政権に忠誠を示してきた。公式な警察や軍隊とは異なり、しばしば集団でオートバイで移動し、反体制派への圧力や監視を行う。組織的な麻薬取引、恐喝、強盗などに関与しているとの告発も多く、社会不安の原因ともなっているというのだ。

(ボリバル革命とは、ウゴ・チャベスが1999年、大統領に就任後、シモン・ボリバル(南米独立の父)の理念に基づき推進した、社会主義的な政治・経済改革の総称。石油収入を活用した貧困層支援、新憲法制定、教育・医療の拡充、ラテンアメリカ統合を目指した政策などが特徴)

ロドリゲス暫定大統領は5日、「マドゥロ政権を裏切った国民を摘発する」と述べていることもあって、国民にとってマドゥロ大統領追放を路上で喜ぶことは余りにも危険な行動だ。

マイヤー神父は「人々は弾圧がさらに強まり、状況がさらに深刻化するのではないかと恐れている。追放された大統領の政権が、反体制派とみなされる人々に対して暴力を強めるのではないかという懸念は広く蔓延している」と証言している。北朝鮮の密告社会を想起させる。

「ベネズエラ国民」といっても、国外に避難した約800万人と国内に留まっている国民では事情が異なるわけだ。マイヤー神父は「国を離れる手段を持っていた人は、もはや国にいない」という。すなわち、国に留まっている国民は国を離れる手段のない貧しい人々が多いというわけだ。そして彼らはマドゥロ大統領が国を離れたが、将来への不確実性の中、沈黙を強いられているわけだ。

独裁者マドゥロ大統領は拘束され、同国の貴重な石油資源は米国側に渡るかもしれないが、ベネズエラの民主化はまだ始まってはいないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。