年明け早々に世界を驚嘆させた米国によるマドゥロ拘束から1週間が経った。トランプ政権による今回の行為が、国際法や人権保護や東西対立などの観点から国際社会で論じられる一方、当のトランプ政権は、米国の法律に違反した犯罪者の拘束という、単なる刑事事件として取り扱おうとする風である。
これは前者に属する「政権転覆」といった「内政干渉」の議論に向かうのを避けんがためだ。米国は第1次トランプ政権下の20年3月、マドゥロ夫妻を、麻薬テロ共謀、コカイン輸入共謀、機関銃と破壊装置の所持など4つの罪で起訴している。今回の夫妻拘束はその起訴の執行という訳である。
また米国は過去の大統領選挙に不正があったとして、マドゥロを大統領として認めていない。日本政府も24年の大統領選挙は、国際社会からプロセスの透明性や選挙結果に疑義を呈されているとし、選挙プロセスの透明性を保証する情報の公開を求めている(外務省サイト「ベネズエラ・ボリバル共和国」)。
が、それらの議論は別の機会に論じるとして、本稿では主に軍事作戦の視点から、事の起きた数時間の軍事的側面を考察する。
参考資料は、Mark Pomerleau著「Navy building out non-kinetic effect teams」(『Defense scoop』(以下、『DS』)2024.2.21)およびSean Tsueng著「How Chinese-Made Radar Defense Systems Failed in Venezuela」(『The Epoch Times』(以下、『ET』)2026.1.6)である。
マドゥロ拘束作戦
ダン・ケイン米統合参謀本部議長は3日(米東部時間)の会見で、1月2日22時46分にトランプ大統領から作戦実行が命じられたと述べた。直ちに西半球各地約20カ所の陸海軍基地から航空機が発進し、ヘリコプター部隊は奇襲効果を発揮すべく水上100フィート(約30.5m)でカラカスに接近した。そして5時間後の3日3時29分までに、マドゥロと夫人のフローレスを強襲揚陸艦「USS Iwo Jima」に乗せ、米国に空輸した。
米当局は150機以上の航空機が投入され、サイバー軍、宇宙軍その他による「統合電子攻撃およびノンキネティック効果」を用いて、ベネズエラの防衛を無力化し、ヘリコプターの進路を確保したと述べた。使われた航空機は、B-1B爆撃機、F-22ラプター、F-35ライトニングII戦闘機、EA-18Gグラウラー電子攻撃機、E-2ホークアイ早期警戒機、多数のドローンのほか、輸送機やヘリコプターが含まれる。
ブリーフィングでは、これら航空機による多層的な効果を発揮するアプローチが説明された。つまり、宇宙軍とサイバー軍が航空機を支援し、特殊作戦部隊「デルタフォース」が搭乗するヘリコプターがカラカスに接近する際、その防空システムを無力化することによって、奇襲攻撃が行われたというのである。
コードネーム「絶対的決意作戦:Operation Absolute Resolve」と呼ばれる今回の作戦は、長年にわたり中国とロシア製の防空システムを購入し、米国への抑止力として誇示してきたベネズエラのような国に対する現実的な試練となった。特に今回は、ベネズエラが大金を費やした中国製防空システムの、中国が米ステルス機を探知・阻止できると宣伝していた、「対ステルスレーダー」の限界を見事に露呈した。
中国製防空システムの中核は「JY-27Aレーダー」である。中国は同レーダー装置を「low observable:低視認性」航空機を探知できると宣伝していた。まさにステルス機を使った米国の作戦を困難にする目的のシステムだったが、1月3日にその約束は果たされなかった。米国がリアルタイムの情報収集、電子戦、精密兵器を投入した時点で、ベネズエラの防空システムは全く役にたたなかったのである。
専門家は、防空にはレーダーの射程距離やミサイルだけではなく、探知、通信、意思決定、共同実行の素早い連携が必要だが、この点でベネズエラは脆弱だったとする。レーダー以外にも、ベネズエラはVN-16水陸両用強襲車両やVN-18歩兵戦闘車両からロケット砲システムまで、北京が売っているシステムを軒並み導入・配備していた。が、センサー、通信、指揮、訓練、物流などの広範なネットワークなしには、これらのハードは意味がないということだろう。
ノンキネティック効果
そこで米当局が述べた「ノンキネティック効果:non-kinetic effects」のことになる。AIはこれを「軍事作戦において、従来の物理的な力(爆発、衝撃など)を使用せずに敵の能力や行動に影響を与えることを指す」と解説する。『DS』記事はより具体的に、「一般的にサイバー空間、電磁スペクトル、宇宙配備型兵器など、爆発や爆破を伴わない能力を指す」とし、「米軍は近年、従来の兵器システムを補完する手段として、これらの能力の活用と統合を拡大する方法を模索してきている」と記している。
艦隊サイバーコマンド、第10艦隊、海軍宇宙コマンドの司令官であるクレイグ・クラッパートン中将は24年2月の会議で、「我々はインド太平洋軍、太平洋艦隊、在日米軍、そしてインド太平洋軍戦域全体の他の部隊と緊密に協力し、これらのノンキネティック効果を統合・同期させ、さらに統合軍の機動に適切に同期させることで、より優れた戦場認識を提供し、統合軍の生存性を高め、標的の特定と殺傷力を大幅に向上させている」と述べた。
同司令官は『DS』紙の取材に対し、「ノンキネティック効果のチームには、船舶、空中資産、固定場所、または遠征から展開できる宇宙、電子戦、攻撃的および防御的なサイバー能力の組み合わせが含まれ、特殊部隊は、従来の基地だけでなく、展開可能な基地や遠征基地にも展開するようになり、宇宙、サイバー、電子戦能力の連携がより強化されていく」と述べている。
更に「これには様々な方向性が考えられる。例えば、艦隊サイバーコマンドの管轄下で活動する司令部部隊に2~5名の水兵からなる小規模な監視チームを編成することも、遠征先に30~50名の水兵からなる分遣隊を編成することも考えられる」とも述べた。
今回、マドゥロ夫妻を拘束したのは「デルタフォース」とされるが、この発言の「水兵」を「デルタフォース」に置き換えれば、まさに今回の作戦そのものを裏付けているように聞こえる。それ即ち、「統合電子攻撃およびノンキネティック効果」による防空システムの無力化である。
勿論、これに加えて昨年10月半ばにトランプ氏自身が認めていた、ベネズエラ国内でのCIAによる「隠密作戦の拡大」によって得られた詳細な情報があったことであろう。
中国防空システムはなぜ無力だったのか
『ET』紙は「米軍の奇襲は、厳しい戦闘の繰り返しによる検証よりも、洗練されたデモ展示を評価する中国のプロパガンダ重視の軍文化の限界を露呈した」と書く。即ち「人民解放軍は79年以降、大規模な戦争をしておらず、大規模な最近の戦場での経験が不足している」とし、「演習では完璧に整列・前進しているように見えるかもしれない」が「それを裏付ける実戦経験がなければ、すべては単なる演出でしかない」と記している。
また同紙は、中国から長年弾圧を受ける法輪功系メディアらしく、「ベネズエラでの米軍の作戦が北京に特に大きな打撃を与えたのは、共産党政権が長年、自国の兵器や統合戦闘システムを“世界をリードする”として宣伝し、25年9月に大々的に行った軍事パレードなど、注目を集めるイベントを通じて国内では自信を、国外では抑止力を誇示してきたためだ」と共産党中央に矛先を向ける。
即ち、汚職と不透明な意思決定が軍の即応態勢を弱めているとし、「中国の軍産複合体における最近の汚職捜査や品質管理と即応態勢に疑問を投げかけたスキャンダルに見られるように、閉鎖的なシステムでは調達の決定が秘密裏に行われ、独立した監視が行き届かず、失敗を隠そうとする」というのだ。
つまり、利益だけを追求する請負業者が、契約獲得のために賄賂を使い、劣悪な安い部品に変えたとしても、資金の流れと報告に不正がないように見える限り、書類手続きの要件は満たしてしまう。こうしたことが汚職の温床になっている、というのである。
同紙は一方、米国の優位性は技術力だけではなく統合と権限委譲にあるとする。任務が承認されると、米国の作戦は権限を下位に委譲するように設計されており、最前線の指揮官は数秒で調整できる余地が与えられる。が、中国の指揮系統は正反対で、厳格に中央集権化され、政治的に制約されているため、「いかに先進的な機器でも、最高権力者からの命令を待たなければ使えない」と記している。
むすび
この話は中国と敵対する国には朗報だし、こうした側面が中国にあるのも事実だろう。が、今回のマドゥロ拘束の件では、共産党中央や防空システムの欠陥が明らかにされたというよりも、むしろ米軍の「統合電子攻撃およびノンキネティック効果」がそれを無力化する力が上回った、と見るべきではなかろうか。まさに年明け早々に世界中は、「現代の戦争らしい戦争」の一端を垣間見たのである。
「現代の戦争らしい戦争」とは、4年目に入るロシアによるウクライナ侵略と比較していうのだが、この差が何によって生じているかといえば、軍事作戦の「目的」が明確であるか否かにあると考える。つまり、米国の「目的」が「マドゥロ拘束」にあるのに比べ、プーチン氏の「目的」が、ゼレンスキー氏の拘束なのか、政権崩壊なのか、ドンバス独立なのか、ウクライナ占領なのか、侵攻から1000日以上経った今日でも、誰も判らない。きっとプーチン氏も判らなくなっている。だから終わらないのだ。
それは習近平氏の台湾統一にもいえる。何のために武力を使ってまで台湾を統一したいのかを、習氏以外の誰も理解できないのである。習氏は、「マドゥロ拘束」で海外に逃亡した800万のベネズエラ人が涙を流してトランプ氏に感謝し、国内に残る2000万の多くも心の中で快哉を叫んでいることに、きっと目と耳を塞いでいるのだろう。
トランプ氏は、「台湾は中国に不法移民や麻薬を送っていない」として、ベネズエラの件が中国の台湾侵攻の前例にはならないとの趣旨を述べた。が、トランプ氏は大事なことをもう一つ付け加えるべきだった。それは「中国の台湾侵攻を台湾人の誰一人として歓迎しないうえ、両岸で数十万の血が無駄に流れる」ということ。この点を、高市総理は直ぐにでも電話して、トランプ氏に伝えて欲しいものだ。
以上だが、筆者は今回の「マドゥロ拘束」は、国際法や国家間の対立や資源利権といった視点から語られるのではなく、ベネズエラ国内外の3000万ともいわれる国民ひとり一人が、この先「幸せ」と感じられるかどうかを以って語られるべきだと思うのである。