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「大丈夫」という言葉が、嫌いだ。
田中良基医師の「がんにならない生き方」(きずな出版)を読んで、その感覚が言語化された気がした。笹塚田中クリニック院長、内視鏡検査3万人以上。数字はどうでもいい。刺さったのは、この一節だ。
正確に言えば、その言葉を口癖にしている人を見ると、胸がざわつく。
「がんにならない生き方:小さな習慣が人生に奇跡を起こす」(田中良基 著)きずな出版
「『この人は大丈夫だろう』と思える人ほど、検査で何かが見つかる」
知ってた。というか、薄々気づいていた。でも誰も言わない。言えない。頑張っている人に「休め」とは言いにくい。だから皆、見て見ぬふりをする。
50代、60代の女性が特にリスクが高いという。家庭、仕事、介護。全部抱えて「私が頑張らなきゃ」。62歳の患者は胃がんステージ2。半年前から痛かったのに「我慢できる程度だったので」と。
我慢できなくなったときには手遅れ。
そうなんだよ。そうなんだ。
田中医師は患者にこう言うらしい。「頑張ることは大事ですが、頑張り続けないことも同じくらい大事です」。医者らしい、柔らかい言い方だ。
本音はもっと直接的だという。「倒れたら支えている人たち全員が困る。だから倒れる前に休んでほしい」。でもそう言うと患者は来なくなる。だから遠回しに言う。伝わっているかは分からないが、言い続けるしかない、と。
この「伝わっているかは分からない」が、重い。
結局、聞かないのだ。頑張り屋は。周囲がいくら言っても、本人が倒れるまで止まらない。倒れてから「もっと早く来ればよかった」と肩を震わせる。田中医師は何度もその場面を見てきて、返す言葉が見つからないという。
「一緒に頑張りましょう」としか言えない、と。
医者でさえ、そうなのだ。
じゃあ家族に何ができる? 友人に何ができる? 正直、分からない。母にもっと強く言えばよかったのか。言っても無駄だったのか。今でも答えは出ない。
ただ一つ、この本を読んで思ったことがある。
「大丈夫」と言っている人の「大丈夫」を、信じてはいけない。
信じるな。疑え。しつこく聞け。嫌がられても聞け。
危険な兆候として挙げられているのは、朝からの疲労感、食欲不振、浅い眠り、些細なことへの苛立ち、何をしても楽しくない、自己否定的な言葉の増加。一つでも当てはまれば警告だという。
当てはまる人、多いんじゃないか。というか、当てはまらない人の方が少ないだろう、この時代。
でも頑張り屋ほど、こうしたサインを無視する。認めたら立ち止まらなければならないから。見ないふりをする。
忘れているというか、忘れたふりをしている。
この本、売れてほしい。届いてほしい。届かないだろうけど、届いてほしい人ほど読まない。「忙しくて」と言って。「私は大丈夫」と言って。
伝わるかは分からないが、言い続けるしかない、と。
だから書いた。届くかは、分からないけど。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
■ 採点結果
【基礎点】 43点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】 22点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】 22点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【87点/100点】
■ 評価ランク ★★★★ 推奨できる良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】
- 臨床経験の厚み:30年以上、延べ3万人以上の内視鏡検査という圧倒的な実績に裏打ちされた「実感」が説得力を生んでいる。統計ではなく臨床知という姿勢が誠実。
- 著者の私的体験:自身の母親が67歳で脳梗塞を起こしたエピソードを開示。医師でありながら身内を救えなかった悔恨が本書の底流にあり、説教臭さを排除している。
- 具体的な患者像:62歳女性の胃がんステージ2、50代女性の大腸がんステージ3など、匿名ながら生々しい事例が読者の自己投影を促す。
- 明確な警告指標:朝からの疲労感、浅い眠り、自己否定的言葉の増加など、セルフチェック可能な兆候を具体的に提示。
【課題・改善点】
- 届きにくい構造:本書が届いてほしい「頑張り屋」ほど「忙しくて」読まない逆説を著者自身も認識しており、啓発書としての限界がある。
- エビデンスの薄さ:「統計ではなく実感」という誠実さの裏返しとして、医学的根拠の提示がやや弱い。科学的裏付けを求める読者には物足りない可能性。
- 対象の偏り:50〜60代女性への言及が中心で、男性や若年層への訴求が手薄。
■ 総評
現役内科医が臨床現場で繰り返し目撃してきた「頑張り屋ほど危ない」という逆説を、自身の母親を救えなかった悔恨とともに綴った一冊。医学書にありがちな冷静な解説ではなく、「伝わるかは分からないが、言い続けるしかない」という切実さが全編を貫く。エビデンス重視の読者には物足りなさが残るものの、「大丈夫」を口癖にしている人、あるいはそうした人を身近に持つ読者にとっては、行動変容のきっかけとなり得る良書である。
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22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)