黒坂岳央です。
一時期、新しい働き方として注目を集めた「ワーケーション」。観光地でリフレッシュしながら仕事をするというコンセプトは、一見すると合理的で魅力的に映る。
だが、正直言って爆発的な普及には至らなかった。実際に自分で試してみて、その理由が「個人の好み」ではなく、構造的な問題にあることがよく分かった。
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仕事も休暇も中途半端
ワーケーションの最大の醍醐味は、「仕事と休暇の両取りで普段とは違う場所で働きながら休暇も楽しむ」ということだった。結論から言えば、ワーケーションは仕事も休暇も中途半端になる。「仕事と休暇の両取り」という触れ込みとは裏腹に、実際には両方の質が下がるケースが多い。
まず、仕事で集中しづらい。普段使っているデスクとは違った簡易的なテーブルでの作業や、周囲の喧騒。チェックアウト時間が迫る中、観光地へ移動する準備など、とにかく集中力がそがれる要素が多いのだ。
筆者が利用したホテルには「リモートワークルーム」という仕事専用の部屋もあった。しかし、それを使っても状況は大きく変わらなかった。また、仕事は自分なりのルーティンや流れがあり、筆者の場合は「起床後はまず記事の執筆」というお決まりがあるのに、それが出来ない。環境が変わることで、仕事のリズムそのものが崩れてしまうのだ。
また、ワーケーションは「休暇も楽しむ」というコンセプトなので観光もする。だが、仕事に力を入れるほど、観光のための下調べや段取りが疎かになる。結果として、仕事と休暇が互いに足を引っ張り合う構造になる。そして出発前に仕事をしているので、先方の回答が気になり、旅行先でメールチェックをしてしまうなど、イマイチ休暇にも全力を出せずという具合だ。
結局のところ、人間は「完全に休む」か「腰を据えて働く」かの二択の方が、精神的な充足度が高いと思っている。ワーケーションを完璧にこなせる人は、仕事の機材がパソコンかスマホ一台で足り、労働時間が非常に短い特殊な人だけだろう。
筆者のように仕事が好きで「たくさんの分量を限られた時間でこなすことを楽しむタイプ」にはまったく向かないワークスタイルだと感じた。もしかしたら合う人には合うのかもしれないが、全体的な割合は多くはないと思っている。
セキュリティと機材という物理的な障壁
上述した仕事のルーティンや集中力、といった要素以前に、そもそもワーケーションには大きな問題がある。それが情報セキュリティと業務責任の壁だ。
仕事の機密情報は漏れたら「おしまい」である。また、機密情報は仕事に限らず、たとえば銀行口座や証券口座などもあるだろう。ワーケーションでセキュリティを考えるなら、VPNとスマホテザリング一択になり、そうなると回線の細さが問題になる。少なくとも、機密情報を扱う業務であれば、備え付けの無料Wi-Fiを安易に使うべきではない。また、PCの紛失・盗難、背後からの覗き見もある。
そして業種によっては「ノートパソコン一台」というわけにはいかない。ACアダプタ、外付けキーボードやマウス、人によってはサブモニターなど、これらの重量と、移動中の破損リスクを常に背負いながらの移動は、リフレッシュとは程遠い「苦行」に近い。
筆者の場合、自宅のデスクトップPCを母艦にして、数多くの細かいデバイスを大量につなげて仕事をしているので、ノートパソコン一台だけではとても仕事にならないのだ。
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ワーケーションが流行らないのは、日本人の意識が低いからでも、制度が整っていないからでもない。「仕事と休暇は明確に分けた方が、結果的に双方の満足度が高い」という現実に、多くの人が気づいたからだろう。
だがそれが分かっただけでも価値はある。こうした社会実験は試してみないと分からないことも多いからだ。
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