松本城から旧開智学校へ:冬に歩く松本の歴史めぐり

新春に訪れた信州の旅。最後に訪ねたのは松本でした。松本駅は最近、駅の自動アナウンスが更新されたことで少し話題になりました。味のある「まつもとぉー まつもとぉー」という声のアナウンスがなくなると言われましたが、声の主は変わりましたが健在。今や松本観光のひとつの目玉となっています。

昨日下諏訪で初詣を済ませていたのですが、せっかくなので松本城に向かう途中にある四柱(よはしら)神社に向かいます。さすがに新年だけあってすごい人の列。この神社は天照大御神のほか古事記に始めに登場する三柱の神々を祀ります。ここにお参りすればすべての願いが叶うという高い御神徳の神々が祀られた神社です。

四柱神社から歩いて5分ほどで松本城に到着します。日本に5つしかない国宝の城で、五重の天守をもつのは姫路城とここ松本城だけです。白鷺城と謳われる姫路城と漆黒の壁が特徴の松本城。同じ五重の天守ですがその姿は対照的です。

松本城は戦国時代に石川数正とその息子の康長によって築城、拡幅されてきました。以後明治になるまでに6家がこの城を守ります。廃城令により松本城も解体の危機にさらされましたが、地元の有志らが城を購入したことで難を逃れました。一時は二の丸御殿が筑摩県庁舎とされましたが、焼失してしまい、その後すぐに長野県と統合されました。

3年前の夏にもここにきているのですが、そのときはなんと90分待ち!炎天下でそんなに待つのはイヤだと思い、今回はネットで時間指定予約していきました。

天守から埋橋方面を眺める。

結論から言うと、待ち時間ゼロでした。当日券でもすぐに入場できました。冬の松本は寒い印象があるからか観光客は少なめ。でも松本は気温こそ低いですが、雪は少なめ。暑い夏よりもかえって歩くのが気持ちいいですのでおすすめです。

松本城は五重の天守の頂上に向かうのに昔ながらの急傾斜の階段を登らなければなりませんので注意が必要です。ですが、高い天守の頂上から眺める松本の街並みや北アルプスの景色は素晴らしい。登ってきただけの価値はあります。

松本城は堀のすぐ向こうに天守閣があって、堀越しに見ることができるその勇壮な姿が絵になります。この日は天気も良く北アルプスの山々もはっきりと見ることができ、北アルプスをバックにして松本城の雄姿を拝むことができました。

堀では鴨が泳いでいます。いつも思うんですが、
鴨って真冬に水に浮かんでいて寒くないんですかね?

赤と黒のコントラストが生える生える埋橋(うずみばし)。
城が活躍した時代にはこの橋はなく、誕生したのは昭和30年。観光目的でした。

不思議な向きに建つポスト。

松本城を見終わったあと、もう少しだけ北に歩いて旧開智学校に向かいます。3年前は修復工事で見ることができなかったのですが、工事は完了して中を見ることができるようになっています。

よく見ると左の方が長い旧開智学校。

旧開智学校は明治初期に建てられた擬洋風の学校建築です。文明開化時代を象徴する小学校建築として知られ、近代の学校建築としては全国で初めて国宝に指定されています。城下町だった松本では教育に対する熱の入れ方が他の町よりも高く、豪華な建物の学校が生まれた背景には教育に対する熱心な姿勢があったようです。

明治初期に建てられた擬洋風建築は、本格的に洋風建築が普及し始めた明治20年代に入るとまがい物として冷たい目で見られるようになったといいます。しかし地元では大切な町の財産であるとして旧開智学校を維持する努力が続けられてきました。

校名標を広げるように舞う天使。その下に和風の瑞雲。

その下には龍がいます。完全な洋風建築ではなく日本や中国などの文化も取り入れられています。

案内看板に描かれる天使がちょっとシュール。

今は危険なため通行禁止の螺旋階段。
とても味がありますが、当時は多くの子どもがここで転げ落ちてたんだろうな…。

館内は旧開智学校や松本の教育に関する歴史を知ることができる資料が多く展示されています。

2階中心部は講堂。横に長い講堂は珍しい構造です。

当時を偲ぶことができる教室も再現されています。今は旧開智学校の南に新しい小学校ができていますが、昭和38年まで90年にわたり松本の教育の中心的な役割を果たしてきました。

松本城、旧開智学校と歩き、松本の歴史を感じつつ歩きました。松本は浅間温泉などの温泉も近くにあって冬に歩くのにおすすめの場所だと思います。北アルプスの山も雪化粧して美しいこの時期に訪ねてみるのも楽しいと思いました。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。