減税か、積極財政か:その前に問うべき「運用能力」という前提条件 --- 三塚 祐治

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※ 本稿は、特定の政党・政治家・政策を批判することを目的とするものではない。減税か積極財政かという二項対立を超え、日本社会が抱える「政策運用能力」という構造的前提を検討するものである。

序章|なぜ「減税」だけが信じられる要求になったのか

近年、日本の財政議論は「減税すべきか、積極財政を行うべきか」という単純な対立構図に収斂している。その中で、多くの国民は次第に「減税しか信用できない」という態度を強めてきた。

背景には、給付金の遅延、補助金の使途不透明、政策効果の検証不在といった経験の積み重ねがある。

一度削った税率の再引き上げは政治的コストが極めて高い。だからこそ国民は、「取らないでくれ」という最も単純で、不可逆性の高い要求へと傾いていった。

だが、本当に問うべきは減税か否かではない。

問題の核心は、金を集める力でも、金を出す勇気でもなく、金を“扱う能力”が制度として備わっているかどうかにある。

第1章|減税は「平和が続く」という前提の上にしか成立しない

減税は一見、国民負担を軽減する即効性のある手段に見える。しかしそれは、国際情勢が安定し、社会インフラや安全保障に大きな追加投資を必要としないという前提の上でのみ成立する。

エネルギー危機、地政学リスク、自然災害——これらが常態化した現代において、恒久的な税収削減は国家の耐久力を削る行為にもなり得る。

減税は「平和が続く」という暗黙の仮定を必要とする。

その前提が崩れた瞬間、取り戻すことは極めて困難だ。

第2章|積極財政は「金を出すこと」ではない

一方で、積極財政はしばしば「金を出せば解決する政策」と誤解されがちだ。しかし本来、積極財政とは戦時に近い運用能力を前提とする。

  • 意思決定の高速化
  • 失敗を想定したシナリオプランニング
  • KPIの動的見直し
  • 早期停止と状況に応じた軌道修正

これらが同時に機能して初めて、積極財政は意味を持つ。

運用能力を欠いたままの財政出動は、自己矛盾を抱えた政策構造となり、かえってリスクを増幅させる。

第3章|「機能不全ロジック」が組み込まれた制度

日本の多くの政策には、共通したロジックが内在している。

  • 予算消化が優先される
  • KPIは達成確実な指標に設定される
  • ROI(投下資源に対する成果)は問われない
  • 検証や是正は制度上後回しにされる

例えば、かつて文化発信を目的として設立されたクールジャパン機構では、数百億円規模の公的資金が投入されたにもかかわらず、最終的にどの程度の経済効果や国際的発信力を生んだのかは、制度として十分に検証されないまま事業が継続された。

評価指標は「事業実施」や「出資実行」に偏り、投下資源に対するリターンという問いそのものが、制度設計上ほぼ存在していなかった。

これは個別事業の失敗ではない。

成果よりも「実施したこと」が評価される構造そのものが、制度内に組み込まれている問題である。

第4章|少子化政策に現れる典型例

第3章で示した機能不全ロジックは、少子化政策において最も典型的に現れている。

予算規模は拡大し続けているが、KPIは「支援制度の創設数」や「事業件数」といった達成確実な指標に偏り、若年層が人生設計を描けるようになったかという本質的成果は測定されていない。

低賃金構造や雇用の不安定性といった構造的前提が放置されたまま、金だけが積み上げられていく。その結果、若い世代は結婚や出産を諦め、生活を維持するために私的時間を切り売りする、賃金停滞と長時間労働の悪循環に陥っている。

第5章|診断なき処置がもたらすリスク

制度の詰まりは、単なる停滞ではない。

動脈硬化を起こした血管に、大量の血液を一気に流し込めばどうなるか。
裂傷が縫合されないまま出血を続ける身体に、輸血だけを繰り返せばどうなるか。

適切な検査と診断を欠いた財政出動は、延命どころか破裂リスクを高める。

問題は資金量ではなく、どこに、どの速度で、どの圧力をかけるかという医療行為に近い判断の欠如にある。

第6章|耐圧状態にある社会

現在の日本社会は、破裂していないだけで、耐圧状態にある。現役世代は賃金停滞と物価上昇に挟まれ、若年層は将来設計を放棄し、制度への信頼は限界まで低下している。

この耐圧状態は、目立った暴動や混乱としてではなく、政治的無関心や制度への冷笑、期待の放棄という形で表面化している。

問題が顕在化していないのは、構造が健全だからではない。

むしろ、「声を上げても変わらない」という学習が、社会全体に静かに広がった結果である。

この状態で検証を欠いた積極財政を行い、不祥事や失敗が顕在化すれば、その反動は過去とは比較にならない規模で噴出するだろう。

第7章|有事対応の本質——欧州比較が見落とすもの

しばしば欧州諸国のコロナ対応やエネルギー政策が引き合いに出される。しかし、初動スピードだけを見れば、日本が著しく劣っていたとは言い難い。

問題は別次元にある。

真に必要なのは、ウクライナやイスラエルに見られるような、有事を前提とした即応能力と運用思想である。

平時の制度をそのまま延長しても、有事対応にはならない。

第8章|必要なのは「可塑性」を持つ制度設計

死なないためにまず必要なのは、時代の変化速度に対応できる法制度である。時限措置を前提とした制度設計が不可欠になる。

例えば、国会の会期制見直しや、時限立法の活用範囲拡大がなければ、環境変化に応じた迅速な修正は不可能だ。

同時に、行政裁量と責任の再定義、政策評価への第三者監査導入といった仕組みも求められる。

終章|運用能力なき財源論の限界

本稿は運用能力に焦点を絞ったため、財政規模の適正水準や具体的税率には踏み込んでいない。しかし、運用能力なき財源論は、何度繰り返しても空回りするだけである。

減税論者も積極財政論者も、この前提条件を十分に問うてきたとは言い難い。

問われているのは、この国が変化を処理できる構造を持っているかどうかである。

その問いに正面から向き合うことこそが、あらゆる財政論の出発点になる。

三塚 祐治
LFO DYNAMICS Structural Lab 代表。
制度設計・政策評価の構造分析を中心に研究・執筆。技術政策、社会制度、組織設計などを横断的に扱っている。