1月27日、衆議院選挙が公示となり、2月8日の投票日に向けた選挙戦が開始された。ただ、争点が見えない。
解散を決断した高市首相は、自らに対する信任の選挙だ、と訴えている。実際のところ、争点が見えないだけに、首相に対する好き嫌いが、投票行動に影響を与える大きな要素にはなるのだろう。
争点が見えないのは、日本に深刻な問題が少ないからではない。むしろ一朝一夕には解決できない構造的な問題にあえいでいるのが日本の実情だ。閉塞感が強いだけに、政治家たちももはや地に足を付けた堅実な政策を訴えていくような姿勢を放棄しているように見える。
各党は選挙公約を公表している。しかし単に争点が見えないだけではなく、抽象度が高く、現実との接点が見えない。
自民党の公約で、私の専門に近い外交・安全保障分野に関するものを見てみよう。「我が国を守る責任。国際秩序を担う外交。」という標題の横で、高市首相がトランプ大統領と握手をしながら、にっこりとカメラ目線を見せている写真が掲載されている。
こちらを向いて笑顔を見せながら、トランプ大統領と握手をしている様子のイメージが、「我が国を守る責任。国際秩序を担う外交。」ということになっているらしい。「我が国を守る責任」や「国際秩序を担う外交」のイメージが、高市首相とアメリカの大統領の二人によって表現されるのは、確かに昨年来の高市政権のイメージそのままではある。
トランプ大統領と高市首相 自民党衆院選2026 HPより
ただイメージだけでは、政策を文章で表現することは難しい。「国力の根幹である経済力と防衛力を高めることで外交力を強化し、『世界の中心に立つ日本外交』を取り戻します。同盟国・同志国との連携を強めつつ、わが国の防衛力を強化し、災害・テロ・サイバー攻撃など複合的な危機にも対応できる安全保障体制を実現します。」というのは、決意表明としては当然の事柄ばかりだが、実際の政策でどう表現されていくのかは、必ずしも判然としない。
「外交」分野については、次のように記載されている。
- 日米同盟を基軸に、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を力強く推進し、ODAやOSAを戦略的に活用しながら、基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等との連携強化に取り組みます。
- 自由、民主主義、法の支配といった価値やルールに基づく国際秩序を堅持し、国際社会の平和と安定に積極的に貢献します。力による一方的な現状変更の試みや経済的威圧への対応を抜本強化します。
- 中国とは開かれた対話を通じ、建設的かつ安定的な関係構築を目指します。挑発的な行為には冷静かつ毅然と対応します。台湾海峡の平和と安定は重要です。
- すべての拉致被害者の即時一括帰国実現に向け、あらゆる手段を尽くします。
これらの諸点は、やはり決意表明としては当然の事柄ばかりだ。だがやはり、具体的な外交政策にどう反映されていくのかは、よくわからない。
中国への言及が典型例だ。10月下旬以降の約3カ月の間の高市政権は、中国との間で「開かれた対話を通じ」た「建設的かつ安定的な関係構築を目指し」ているものには見えなかった。
高市首相が、「挑発的な行為に冷静かつ毅然と対応」や、「台湾海峡の平和と安定は重要」という認識も持っていることは、わかる。ただ、それらがどのような外交政策に反映されて、「開かれた対話を通じ」た「建設的かつ安定的な関係」へと発展していく可能性があるのかは、わからない。
「『自由で開かれたインド太平洋(FOIP)』を力強く推進」するという決意も、過去3カ月の間では、具体的な外交姿勢で表現されたとは言えない。「基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等との連携強化」も、過去3カ月間に何か具体的な取り組みがあったような印象が乏しい。
突っ込みを入れると、そもそも「基本的価値を共有する同志国・地域やグローバルサウス諸国等」のどちらにも含まれない国はあるのか?という疑念がありうる。「全ての諸国と仲良くやる」ということを言っているのだろうか。そうであれば、それはそれとして、もちろん悪いことは何もなく、結構な話ではある。ただ、具体的な外交政策として何が生まれてくるのかは、わからなくなる。
また、さらに突っ込みを入れると、なぜ「基本的価値を共有する同志国・地域」と「グローバルサウス諸国等」だけは、きっちりと区分けをしなければならないのだろうか。「グローバルサウス諸国」とは、「基本的価値観を共有」していない諸国のこと、という定義なのだろうか。果たして、そんな決めつけで、本当に仲良くなれるのだろうか。
日本にしてみても、「自由、民主主義、法の支配といった価値やルールに基づく国際秩序を堅持」するとして、それは「日米同盟の堅持」と抵触しない限りである。そのことは、アメリカのベネズエラ対応の後の日本政府の様子を例にとるまでもなく、その他のあらゆる案件における日本政府の態度から、明らかだ。そうなると、「同志国」と共有する「基本的価値観」とは、米国との同盟関係を最重要視する、という価値観のことなのだろうか。
「国際社会の平和と安定に積極的に貢献します。力による一方的な現状変更の試みや経済的威圧への対応を抜本強化します。」も、具体策は判然としない。
首相の信任投票として選挙が行われるのが実情だ。高市首相は、いわば決意表明だけをして、選挙に臨んでいる状態だ。結果のみならず、具体的な政策実行そのものが、選挙後に明らかになる話になっている。
誇張表現が常態のトランプ大統領が大統領選挙で初勝利を収めた2016年頃から、「ポスト・トゥルース(脱真実)」といった概念が、最近の政治文化の傾向の描写のために用いられるようになった。「ポスト・トゥルース」とは、客観的な事実よりも個人の感情や信念が世論形成に強い影響力を持つ状況を指す概念だ。
政治の世界で、特に一般大衆の投票行動を誘導しなければならない選挙の機会などにおいて、イメージ先行の世論操作が多々行われることは、民主主義国家の必然的な運命なのかもしれない。
ただ、冷戦終焉後の時代の民主主義国家において、イデオロギー的な体系すらない宣伝戦として選挙が行われるようになったのは、一つの大きな特徴的な出来事だ。
深刻な構造的な問題を抱える日本であるからこそ、閉塞感の中で、「ポスト・トゥルース」の状況が広がりやすい傾向は生まれるのかもしれない。
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