Wako Megumi/iStock
2月3日の節分が近づくと、スーパーやコンビニの棚には色とりどりの恵方巻が並びます。今や国民的行事として定着し、巨大な市場に成長しました。しかし、その華やかな商戦の裏側で、大量の食品ロスが毎年のように発生している現実があります。
そもそも恵方巻とは何でしょうか。その起源は江戸時代後期から明治時代初期の大阪に遡ります。商売繁盛や無病息災を願い、節分に太巻き寿司を恵方に向かって丸かぶりする風習でした。
七福神にあやかり7つの具材を巻き込み、「福を巻き込む」「縁を切らない」という祈りを込めて、切らずに一本丸ごと食べます。つまり恵方巻とは、食べ物に感謝し、神仏に祈りを捧げる行為そのものなのです。
ところが現代の恵方巻商戦はどうでしょう。フカヒレや蒸しウニを巻いた高級品から、韓国風キンパ恵方巻やシウマイ恵方まんまで、大量の商品が棚を埋め尽くします。もはや「福を願う」という本来の意味は置き去りにされ、ただの商業イベントと化しています。
そして毎年繰り返されるのが食品ロスの問題です。売れ残った恵方巻が大量に廃棄される光景は、もはや節分の「裏の風物詩」とさえ言えます。毎年のようにSNSでは廃棄された恵方巻の山を映した写真が拡散され、「もうやめませんか?」という声が大きな共感を集めています。
小売業者にも事情はあるでしょう。売り切れを出せば客足が遠のく。だから廃棄覚悟で多めに並べる。商売の論理としては理解できます。しかし、食べ物を捨てることを前提にした商売が、本当に健全と言えるでしょうか。
私が最も違和感を覚えるのは、恵方巻の本来の精神との矛盾です。恵方巻は神仏に感謝し、福を願う行事です。
食べ物を粗末にすることは、日本人が古くから大切にしてきた「いただきます」の精神に真っ向から対立します。福を願いながら食べ物を大量に捨てる。これでは罰があたると言われても仕方がありません。
農林水産省も食品ロス削減に取り組む事業者を募るなど対策に乗り出し、企業側も予約販売への切り替えやAIによる需要予測を進めています。しかし、根本的な問題は私たち消費者の意識にもあるのではないでしょうか。
必要な分だけを予約して買う。売り切れていても怒らない。派手な商戦に踊らされず、本来の意味に立ち返る。恵方巻を食べるなら、一本を大切に、感謝の気持ちで丸かぶりすればいい。それこそが福を呼ぶ本当の作法ではないでしょうか。
食べ物を捨てて得られる福など、どこにもありません。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
■
22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)