英国、中国のスパイ工作への防衛線強化

英国政府は1月20日、ロンドン中心部のタワーハムレットに巨大な中国大使館を建設する計画を正式に承認した。中国政府は2018年、ロンドン塔近くの旧王立造幣局跡地(ロイヤル・ミント・コート)を約2億5500万ポンドで購入。しかし、地元のタワーハムレット評議会が22年12月、住民の安全やテロへの懸念、抗議デモによる混乱を理由に、建設申請を否決。2024年に入り、労働党への政権交代後、中国の習近平国家主席がスターマー首相に直接介入を要請。それを受け、英政府が決定権を地元評議会から引き継ぎ、独自に審査を開始。2025年:安全保障上の精査が必要として、政府は決定を数回にわたり延期したが、先月20日、「安全保障上のリスクは管理可能」と判断して建設を正式に承認した経緯がある。

訪日のスターマー英首相と会談する高市早苗首相 首相府公式サイト 2026年1月31日

承認された大使館はヨーロッパ最大級(2万平方メートル)で、地下に200以上の部屋やトンネルがある。予定地付近には金融街の重要通信ケーブル(光ファイバー)が通っており、スパイ活動やサイバー攻撃の拠点になるリスクが指摘されてきた。今回の正式承認決定がスターマー首相の訪中直前に下されたこともあって、冷え込んだ中国との関係を修復し、経済協力を模索する政治的な譲歩ではないか、といった批判の声が聞かれた。米国のトランプ大統領は、スターマー首相の対中接近を「非常に危険な行動だ」と公然と批判し、西側諸国の足並みの乱れを懸念しているほどだ。

スターマー政府は「中国は現在ロンドン市内に7つの外交拠点を有しているが、新しいメガ大使館が出来れば1か所に集約するから、監視や管理が効率的になる」という情報機関(MI5やGCHQ)の見解も踏まえて承認を決定したと説明している。

スターマー英首相は1月末、2018年以来となる首相の訪中を実現。冷え込んだ経済関係をリセットするために金融、医療、サービス分野での市場開放や協力強化で習近平主席と一致した。また、英国市民が30日以内の滞在であれば中国への入国ビザが免除されることで合意している。

ロンドン外交官リストによると、中国はロンドンに現在、約116名(2020年時点の公式記録。最新の2026年のリストでも同規模か)の外交官、職員を有している。中国はロンドン市内に7つの個別の外交拠点(外交官の宿舎や事務所)を分散して保持してきた。一方、北京の英国大使館に駐在する外交官の数は約70~80名程度だ。2025年8月より、ピーター・ウィルソン氏が駐中国英国特命全権大使を務めている。

ちなみに、中国はロンドンの大使館に加え、マンチェスター、エディンバラ、ベルファストに領事館を有している。英国は在中拠点を北京の大使館のほか、上海、広州、重慶、武漢、香港(総領事館)に置いている。

英国の対中政策はその時々でアップダウンがあった。キャメロン政権下の2015年、英国・中国関係はピークを迎え、習近平国家主席が国賓として訪英し、経済協力を最優先する「黄金時代」が宣言された。しかし、香港国家安全維持法の導入や新疆ウイグル自治区の人権問題、ファーウェイの5G排除などをめぐり、両国関係は2020年以降、冷え込んでいった。

スターマー首相は8年ぶりの訪中で習主席と会談し、両国関係のリセットを行ったわけだ。英国は常に「安全保障(対立)」と「経済(実利)」の間で揺れ動き続けてきたわけだ。

ところで、英国には中国の情報工作機関ともいえる孔子学院(Confucius Institute)が約30か所の大学(例ロンドン大学、マンチェスター大学など)にあり、世界でも有数の設置数を誇っている。しかし、近年は「中国共産党のプロパガンダ機関」としての懸念から、英国政府による厳しい監視下にある。スナク前政権時代には「全廃」も検討されたこともあるが、2023年5月に政府は「即時の閉鎖は現実的ではない」として方針を転換した。

多くの大学は「中国語教育や文化交流に不可欠」と主張する一方で、英下院外務委員会などは、学問の自由への干渉や、チベット・台湾問題に関する言論封殺の懸念を繰り返し指摘している。現在のスターマー首相も、安全保障上のリスクを認めつつ、中国との対話維持のためにこれらの機関を「監視しつつ存続させる」という現実路線をとっている。

英国の大学における中国の影響力行使は、現在「学問の自由」と「国家安全保障」を揺るがす深刻な問題として、議会や情報機関で議論されている。英国の大学は政府予算の削減に伴い、海外からの資金に強く依存している。ガーディアン紙の調査によれば、英国の主要大学は過去数年間で中国企業や機関から約2億8100万ポンド(約550億円)以上の資金を受け取っている。その結果、寄付を失うことを恐れ、大学側が中国にとって敏感な問題(台湾、チベット、香港、ウイグル)に関するパネルディスカッションを中止したり、中国に批判的な講師の登壇を制限したりする自己検閲が報告されている。

英国側が最も警戒しているのは、最先端の科学技術が中国人民解放軍(PLA)に転用されるリスクだ。シビル・サービス・ワールドなどの報道によると、AI、量子コンピューティング、極超音速、合成生物学といった分野での共同研究が、意図せず中国の軍事力強化に貢献している可能性が指摘されている。そこで英国政府はATAS(学術技術承認スキーム)を強化し、軍事転用可能な分野を専攻する留学生に対し、外務省による厳格な審査(ATAS)を義務付けている。

2023年に発表された英下院情報安全保障委員会の報告書(ChinaReport)は、英国の学術界が中国による「長期的かつ組織的な浸透」に対してあまりにも無防備であったと結論付け、政府に抜本的な対策を求めた。スターマー首相は今回、メガ大使館建設を承認する一方で、英国の大学でのスパイ活動や技術流出を阻止するための新たな法整備もセットで検討している。

具体的には、中国との経済関係を維持しつつ、学術界やインフラへの浸透を防ぐため、「スパイ防止法の現代化」と「大学への直接介入」の二段構えで対策を急いでいる。

  1. 国家安全保障法(National Security Act 2023)の運用。2023年に成立したこの新法は、これまでの古くなったスパイ防止法を大幅に刷新したもの。外国政府(特に中国やロシア)の指示を受けて英国の利益を損なう活動に従事した場合、スパイ容疑で即座に訴追可能となる。
  2. 高等教育(学問の自由)法。中国からの資金提供が「言論の自由」を奪うことを防ぐ目的。
  3. 研究安全保障諮問局(RSAS)の設立。情報機関(MI5)と政府が連携し、大学向けに「スパイ対策のコンサルティング」を行う専門組織を立ち上げた。
  4. NSI法(国家安全保障・投資法)。大学の研究から生まれたスタートアップ企業などが、中国企業に買収されるのを防ぐための強力な武器だ。

英国が中国大使館の建設を承認しつつ、裏で防衛線を強化している背景には、次期戦闘機(GCAP)のような「国家の命運をかけた共同事業を保護する」という至上命題があるからだといわれる。英国、日本、イタリアの3カ国によるGCAP(Global Combat Air Programme)は、2026年現在、開発の核心段階に入っている。英国やイタリアの情報機関は、中国が日本を「最も脆弱な環(弱い鎖)」と見なし、日本経由で次期戦闘機のエンジンやレーダー技術を盗み取ろうとすることを警戒している。GCAPには多くの大学や民間企業が関わっているだけに、英国は、日本政府に対して厳格な精査を求めている。

注・・・上記の内容は主にBBC,ロイター通信の関連情報と人工知能(AI)のデータを参考にしてまとめた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。