自分を満たさないと、誰かを愛するなんて無理だった

唐突だが、コップの話をしたい。

空のコップから水は注げない。当たり前だ。小学生でもわかる。なのに、人間関係になると途端にこれを忘れる。自分がカラカラなのに、相手のために何かしてあげようとする。頑張る。そして疲れる。で、「してあげたのに……」と恨みがましくなる。

響き合う関係 風の時代に育むパートナーシップ」(マツダミヒロ (著)、WAKANA (著)/きずな出版)

覚えがある人、多いんじゃないだろうか。少なくとも自分はそうだった。

話を少し戻す。パートナーと一緒にいるとき、「私、ちゃんと自分でいられてるかな」と思ったことはないだろうか。誰かと共に生きるのはあたたかいし心強い。でも同時に、自分の輪郭がぼやけていく感覚がある。あれは、なかなか怖い。

優しくしたいと思うあまり、「これくらい我慢すればいいか」と自分の気持ちを後まわしにする。相手の望みにばかり応えようとして、気づけば自分のペースも感覚も見失っている。しかも厄介なのは、これが相手のせいじゃないということだ。「一緒にいる=自分を抑えること」という思い込み。どこで刷り込まれたのか知らないが、意外と根深い。

だから、こう決めた。「一緒にいながら、自分らしくいることを諦めない」と。

言うのは簡単だ。じゃあ具体的にどうするか。

一人でノートに思いを書く時間をつくる。好きな音楽にひたる。誰にも気をつかわず自分とだけ向き合う静かな朝を持つ。──地味だ。地味だが、これが効く。そういう時間があるから、相手と向き合うときに余裕が持てる。「こうあるべき」じゃない、素の自分でいられる。

ベッタリ一緒にいることが愛だと思っていた時期もあった。いや、思い込まされていた、と言ったほうが正確か。SNSを見れば「仲良し夫婦」の投稿が溢れてるし、「いつも一緒」がまるで正解みたいに見える。でも、あれはあれ。うちはうち。

二つの風が、それぞれのリズムで吹いている。ときに同じ方向へ、ときに別々の方向へ。それでいい。無理に同じ方向を向かなくていい。そもそも風に「合わせろ」って言うほうがおかしい。

ただし、ひとつだけ絶対に必要なものがある。対話だ。

自分の気持ちや状態を、ちゃんと伝えること。「最近、自分を見失いそうだった」と正直に言えること。これができないと、いくら自由を謳っても、ただの放置になる。二人の間の空気が澄んでいるかどうか。息がしやすいかどうか。それは、対話でしか保てない。

そしてもう一つ。冒頭のコップの話に戻る。

「人のために何かをしたい」「大切な人に尽くしたい」──美しい想いだ。否定はしない。でも、その想いが頑張りすぎにつながって、心もからだもボロボロになるのを、自分は何度も見てきた。自分自身も経験した。

だから言い切る。まず、自分を満たせ。

しっかり休む。心の声を聴く。心地よい空間で過ごす。好きなことに時間を使う。自分に優しい言葉をかける。わがままじゃない。自己中心でもない。これは、誰かを本当の意味で大切にするための、いちばん最初のステップだ。

自分の内側が満たされていなければ、本当の優しさなんて出てこない。空のコップからは、何も注げないのだから。

……と、ここまで偉そうに書いたが、自分だってまだ道半ばだ。つい頑張りすぎるし、つい自分を後まわしにする。でも、少なくとも「まず自分を満たす」という方向は間違っていないと思っている。

パートナーシップの秘訣? 大層なことじゃない。自分のコップに、ちゃんと水を入れておくこと。それだけだ。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

<書籍評価レポート>

■ 採点結果
【基礎点】  37点/50点(テーマ:8点、論理構造:7点、完成度:7点、訴求力:8点、読者共感度:7点)
【技術点】  19点/25点(文章技術:10点、構成技術:9点)
【内容点】  19点/25点(独創性:9点、説得性:10点)

■ 最終スコア 【75点/100点】
■ 評価ランク ★★★ 標準的な良書
■ 評価の根拠

【高評価ポイント】
理屈ではなく実感から出た言葉が多く、読み手の感情に届きやすい構成になっている。抽象的になりがちなテーマを、日常的なイメージで着地させる手腕は評価できる。

「関係性に余白が生まれた」という表現が、パートナーシップ論において新鮮な切り口を提供している。スケジュール帳や部屋の中にも余白が必要だという展開は、読者の実感と接続しやすい。

【課題・改善点】
「自分らしくいること」「こうあるべきを手放す」というメッセージが重なっており、差別化がやや弱い。章ごとの独立性に欠ける印象を受ける。

「風の時代」という言葉が唐突に登場するが、それ以外に時代背景や社会状況との接続がほとんどない。個人の感覚論に閉じており、なぜ今この関係性が求められるのかという外側からの視点が不足している。

■ 総評
パートナーシップにおける「こうあるべき」の呪縛を解き、自分を満たすことの重要性を説く本書は、書き手自身の実感に裏打ちされた体温のある文章が最大の魅力である。一方で、メッセージ重複、具体的エピソードの薄さ、社会的文脈との接続不足が課題として残る。そこに至るまでの葛藤や失敗の描写がもう一段深ければ、読者の心により強く刺さる一冊になったはずだ。良質なエッセイの域にはあるが、名著と呼ぶにはもう一歩踏み込みが必要だろう。