黒坂岳央です。
SNSで「日米の転職の感覚」についてのポストが話題を呼んでいる。
仕事に慣れ、周囲ともうまくいくようになったタイミングで「慣れたから辞める。ここでできることはもう増えないから」と、晴れやかな顔で次へと進んでいくアメリカの同僚たち。一方で日本では「せっかく慣れてきたのにもったいない」と引き止めるという構図である。
日米の仕事に対する感覚の違いが現れている話だが、「アメリカは素晴らしい!日本はダメ」と解釈すると本質を見誤る。
これは国家の優劣ではなく、労働市場の階層差が生む“転職の思想”の違いである。元米国系外資を複数経験した立場から整理したい。
mari_matayoshi/iStock
「慣れたら辞める」は“米国全体”の文化ではない
まず冷静に分析すべきは、この「慣れたら辞める」という行動は米国においても比較的上澄みよりの感覚だという点である。
シリコンバレーのテック企業や金融業界といった、いわゆる「上澄み」のハイエンドな労働市場においてこの傾向は顕著だ。彼らは特定の会社に依存せず、自らの専門スキルを武器に市場を回遊する。転職の度に年収やポジションを高める、肉食的ビジネスパーソンだ。
もちろん米国では転職自体は日本より一般的だ。だがSNSで語られるような「慣れたから辞める。ここで伸びしろがないから次へ」という晴れやかなムーブは、米国の中でもハイエンドな労働市場に偏った価値観である。庶民まで全員がup or outで生きているわけではないのだ現実には、望まない形で職を失う不安定さと隣り合わせの層も多い。
翻って日本でも、この感覚を持つ層は普通に存在する。筆者自身、会社員時代は正直パッとしない側だったが、それでも「この会社で何を得て、いつ出るか」は入社初日から考えていた。数年で狙ったスキルと経験を得たら転職し、年収と待遇を上げてきた。
最後に勤務していた会社も次の転職を考えて働いていたが、社内公募で非常に魅力的な仕事が出ていたので、手を上げた。筆者は「社内転職」で再び年収と待遇が上がったという経験をする。
このような感覚は自分だけではない。同僚の一人は「30代前半で課長職につけるからここに入社した。課長経験を積んだらまた次へ行く」といってそれを有言実行していた。
「慣れたら次へ」は何も米国だけの話ではない。日本でもハイキャリア属性は当たり前のように持っている感覚である。ただ日本には米国の上澄み情報ばかりが入ってくるので、まるで米国全部がそうであるような錯覚を受けるだけである。
日本でも「慣れたら次へ」の感覚を持て
日本は強固な解雇規制と終身雇用の残影に守られ、「長く留まること=安定」という錯覚が長く温存されてきた。しかし、少子高齢化が進み、労働人口が激減する中で、企業側にはもはや社員の終身雇用を保証し続ける体力はない。
たとえ「上澄み」のキャリア組でなくとも、今の日本で会社に人生の主導権を預けきることは、もはや美徳ではなく、最も危険な依存である。米国型の「会社に依存しないキャリア思考」への転換は、もはや全労働者にとっての急務なのだ。
かつての日本では、転職を「裏切り」と見なし、一つの職場を去る者に「根性がない」と石を投げるような空気があった。しかし、現在の市場環境において、その価値観は完全に時代遅れとなった。むしろ会社の側から「うちにしがみつかないでくれ」というところも出てきた。黒字リストラが日常的に新聞記事を賑わせている。
人手不足により、主導権は「選ぶ側(会社)」から「選ばれる側(労働者)」へとシフトしつつある。もちろん業界・地域・年齢で差はあるが、少なくとも「会社が一方的に強い時代」は終わった。この変化の中で、我々が捨てるべきは「就社」という感覚だ。
組織の寿命が個人の労働寿命より短くなった現代、会社という船が沈めば、就社していた人間は共倒れになるしかない。我々が目指すべきは真の意味での「就職(職に就くこと)」である。
社名という看板を外したとき、自分に何ができるのか。どの市場で、いくらの値がつくのか。自分のスキルと実績を客観的に把握し、自らリスクを取ってキャリアをデザインする。会社に評価を委ねるのではなく、年収は市場が決める。だが、市場に値踏みされる立場で終わるか、交渉カードを持つ側に回るかは自分次第である。
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「会社員はオーナー(経営者)とは違う」とよく言われる。だがこの感覚は危うい。誰もが自分の人生やキャリアの「オーナーシップ」を持つべきだ。
少子高齢化が進む日本において、移動できる労働者は強い。一方で、移動できない状態に追い込まれた人は、会社と運命をともにせざるを得ない脆さを抱える。
だが、会社は安定的に給与をくれても、経営者は安定しているわけではない。行くときは突然行く。いざそのXデーが訪れてもいいように「慣れたら次へ」という感覚を持っておくことは自分のためでもあると思うのだ。今すぐ転職しろと言っているのではない。転職できる状態を維持しろ、という話である。
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