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中小企業白書2025が突きつけた数字がある。
経営計画を策定・運用する企業は、未策定の企業に比べて収益性が1.3倍以上向上する。
この「1.3倍」という数字を、多くの社長は軽く見ている。
「たった30%の差でしょう」と。
しかし、読み間違えてはいけない。
売上ではない。
利益が1.3倍なのだ。
年商3億円の会社で利益率10%なら、年間3,000万円の利益が、計画を持つ企業では3,900万円になる。差額900万円。年商10億円なら、その差は3,000万円だ。
さらに恐ろしいのは、この利益差が複利で拡大していくことだ。
利益が1.3倍あれば、設備投資も、人材採用も、研究開発も1.3倍できる。その投資が翌年さらに利益を生む。3年後には2倍以上、5年後には、計画を持つ企業と持たない企業は、もはや「競合」ですらなくなっている。戦う土俵が変わっているのだ。
10年間で累計すると、その差は数億円を超える。いや、複利の効果を考えれば、10億円を超えることになるだろう。
この数字の恐ろしさは、「計画を持つ」という極めて単純な行為が、企業の生死を分けているという事実である。
77%が必要性を感じ、65%が書けない矛盾
民間の調査が、この矛盾をさらに鮮明にしている。
事業計画作成支援サービス「ProfinanSS」が2020年に実施した調査によれば、77%の経営者が事業計画の必要性を感じているという。
ところが、同じ調査で65%が「どこまで作り込むかわからない」と回答し、48.1%が「作り方・フォーマットがわからない」と答えている。
つまり、こういうことだ。
- 必要性は理解している(77%)
- しかし、実際には書けない(65%)
- その理由は「わからない」(48.1%)
この「わからない」という言葉の裏に、日本の中小企業が抱える根本的な病が隠れている。
「わからない」という思考停止
「どこまで作り込むかわからない」──この質問には、致命的な前提が含まれている。
それは、「正解がある」という思い込みだ。
多くの社長は、事業計画を学校の宿題のように捉えている。
先生(コンサル)が用意したテンプレートに、正しい答えを埋めれば完成する。そう信じている。
だから「作り方がわからない」「フォーマットがわからない」と悩む。
私は、そういう社長にこう問う。
「あなたの人生設計を、他人が作ったテンプレートで書くのですか?」
事業計画とは、社長が自身の命をどう燃やすかの説明書であるはずだ。
あなたが世界で一人しかいないように、あなたの会社の状況は、世界で唯一だ。
顧客も、競合も、資金繰りも、社員のスキルも、すべてが他社と異なる。
その唯一無二の状況に対して、どうやって「標準的なフォーマット」が存在し得るのか。
『わからない』の正体は、自分の中に自分のことを論理的に説明するという型がないことの告白である。
多くの社長は、願望だけはあるが、それをどう説明するのかという訓練を一度も受けていないのだ。
調査に隠された更なる絶望
ProfinanSS調査には、もう一つ恐ろしい事実が隠されている。
この調査は郵送調査で実施された。
郵送調査に回答できる時点で、その社長は最低限の文書処理能力を持っている。調査票を読み、質問を理解し、回答を記入し、返送する。この一連の作業ができる社長だけが、サンプルに含まれている。
つまり、本当に困っている零細企業は、この調査の対象にすら入っていないのだ。
さらに言えば、これは日本の社長の多くが「日本語の読み書き(計画の言語化)」という基礎体力を失っていることの証明でもある。
回答できる社長たちですら、65%が「わからない」と答えている。回答できない社長たちを含めれば、実際の「事業計画作成不能率」は、おそらく9割を超えるだろう。
白書が示す「策定率30%」という数字と、見事に一致する。
驚かないでほしい。これは策定率である。機能する事業計画があるという数字ではない、単にあるか否かの数字である。
「時間がない」という自己診断
白書は、事業計画を策定しない理由の第1位も明らかにしている。
「時間がない」。
多くの社長は、この言葉が「言い訳」になると思っている。
しかし、白書はこれを「自己診断」として扱っている。
なぜか。
時間がないのは、事実だ。
しかし、なぜ時間がないのかを考えたことがあるだろうか?
計画を持たない社長は、目の前の問題に振り回される。クレーム対応、資金繰り、採用トラブル。すべてが「緊急」に見える。一日中、火消しに追われる。
ところが、計画を持つ社長は違う。
5年後のゴールが明確だから、目の前の問題の「優先順位」が見える。クレームは営業に任せ、資金繰りは月次で予測し、採用は計画的に進める。火消しではなく、予防ができる。
結果、時間が生まれる。
その時間で、さらに計画を磨く。
この好循環が、「1.3倍の収益差」を生む。
「時間がない」と言う社長は、「私の会社は計画を持つ会社より3割劣っています」と自己診断しているのだ。
長期計画という「経営の科学」
白書はさらに踏み込んでいる。
長期計画(5年超)を持つ企業ほど、成長角度が高い。
これは精神論ではない。
認知脳科学が証明する「脳というハードウェアをどう使いこなすかという科学」である。
人間の脳には、RAS(網様体賦活系)という仕組みがある。明確なゴールを設定すると、脳はそこへ到達するための情報を無意識に収集し始める。
例えば、「赤い車を買いたい」と決めた瞬間、街中で赤い車が目に入るようになる。
これがRASだ。
事業計画も同じだ。
「5年後に年商10億円」と書いた瞬間、社長の脳は無意識に「10億円に必要な情報」を集め始める。顧客の言葉、競合の動き、新しい技術。
すべてが「10億円への手がかり」として認識される。
逆に、計画を持たない社長の脳は、目の前の問題しか認識しない。火消しに追われ、同じ場所を回り続ける。
これが「時間がない」の正体である。
「頑張る」という抽象的な努力ではなく、脳の仕組みを理解し、計画という設計図で脳を正しく使う。
これが、長瀬流「経営の科学化」である。
作るだけでは意味がない
白書は、もう一つ重要なことを指摘している。
経営計画を策定しても、PDCAサイクルを回していない企業は、効果を実感できていない。
つまり、作っただけでは意味がない。
ProfinanSS調査でも、創業前やスタートアップ初期の経営者は「作成工数確保」に悩む傾向があった。プロダクト立ち上げや営業を優先し、計画作成を後回しにする。
しかし、これは本末転倒だ。
計画なき営業は、地図を持たずに走るのと同じだ。どれだけ頑張っても、目的地には辿り着けない。
一倉定はこう喝破した。
「事業計画を書いた人が社長である」。
コンサルに丸投げして作った計画書を、引き出しに眠らせている社長は、「計画を持っている」とは言えない。
自分の言葉で書き、毎月見直し、修正し、実行する。
この繰り返しこそが、1.3倍の収益差を生む正体である。
2026年、「わからない」は通用しない
金融庁は2026年5月に「企業価値担保権」を施行する。
不動産ではなく、事業の将来性そのものを担保にする制度だ。
銀行員はこう問うだろう。
「社長、御社の5年後のビジョンは何ですか。それを実現するための計画書を見せてください」。
その時、「わからない」「時間がない」と答える社長は、銀行からパートナーとして認識されなくなる。
銀行員は、あなたの『熱い思い』を聞きに来るのではない。
彼らが求めているのは、社長の『思い』という名の情緒ではない 。自身の稟議書にそのまま転用できる、整合性の取れた客観的なロジックである 。
できなければ、資金調達の道は極めて険しくなり、事業の成長は止まるだけだろう。
ProfinanSS調査で「どこまで作り込むかわからない」と答えた65%の社長たちは、2026年以降、この構造的な冷徹さに直面することになるであろう。
99%が脱落する中で
国が「1.3倍」という数字で証明したこと。それは、計画を持つ社長と持たない社長との間に、埋めようのない格差が現在進行形で生まれているということだ。
しかし、これは絶望ではない。希望である。
なぜなら、条件は完全に公開されているからだ。
- 自分の言葉で計画を書く
- 毎月、四半期ごとにPDCAを回す
- 5年後のゴールを明確にする
ProfinanSS調査に回答した社長たちですら、65%がこの条件を満たせない。日本全体で見れば、おそらく99%以上の社長が脱落するだろう。
その中で、この条件を満たした1%未満の社長だけが、国も銀行も味方につけ、ラクラクと独り勝ちをする。他の社長たちが必死になって頑張っている間にである。
「わからない」と言う暇があるなら、書く。
カンニングペーパーは、もう配られている。
それを受け取るかどうかは、社長であるあなた次第だ。
令和のイージーゲームは、今もなお続いている。
次回、社長に待ち受けるのは「銀行のルール全取っ替え」という、さらなる衝撃である。
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長瀬 好征
経営コンサルタント。一倉定の思想と認知脳科学を融合した「収益満開経営」を提唱。元融資サポートのプロとして30社以上の財務改善を支援。年商50億円突破を見据えた経営の科学化を伝承している。
収益満開経営(ブログ):https://evergreen-mgt.biz/blog/