ブリュッセルで開催される欧州連合(EU)首脳会談では良し悪しは別にしてこの人ほど注目される政治家はいない。ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相だ。若い時は改革派の代表として活躍し、1998年から2002年、首相の座を初めて獲得したが、その時はまだ35歳だった(当時、欧州の最年少首相)。そして2010年から再び首相ポストに就任して今日に至っている。首相職は通算20年余りだ。今年5月31日に63歳を迎えるが、まだまだ若い。EUで20年間以上、首相の座を務めている政治家はオルバン氏以外にいない。「法と民主主義」の欠如としてハンガリーをいつも批判するEUのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長もオルバン氏の政治キャリアとその影響力は無視できない。
EUのウクライナ支援を批判するオルバン首相 2026年2月6日 ハンガリー通信(MTI)
中東・北アフリカから100万人以上の移民が欧州に殺到した2015年以降、オルバン氏はいち早く「ゼロ移民」を掲げ、厳格な移民政策を実施。2022年2月末のロシアのウクライナ侵攻以後、EUの対ロシア制裁には拒否権を発動して繰り返し阻止し、ウクライナ支援では一定の距離を置いてきた。そしてロシアから安価な原油や天然ガスを輸入し続けてきた。”ハンガリーのトランプ”と呼ばれ、トランプ米大統領とは懇意な間柄だ。トランプ氏のフロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」に招かれ、ロシアのプーチン大統領とはクレムリンで何度も首脳会談をするなど、友好関係を構築してきた。米ロ首脳のトランプ氏とプーチン大統領の両者と良好関係を維持している欧州の政治家は、オルバン首相以外にいない。
ブリュッセルから”EUの異端児”と呼ばれるなか、「私はハンガリーの首相だ。国益を最優先するのは当然だ」と反論、ハンガリー・ファーストを掲げてこれまで邁進してきた。欧州の政治学者はオルバン首相の政治を「オルバン主義」と命名し、欧州の政界の右派傾向の旗振り役と受け取ってきた。実際、ハンガリーの隣国スロバキア(フィツォ首相)やチェコ(アンドレイ・バビシュ首相)など欧州では選挙の度に右派系政党が躍進。欧州議会では右派系政党の政治会派「欧州のための愛国者(PfE)」を設立させるなど、オルバン主義は欧州では歴然とした影響力を誇る。
しかし、オルバン主義旋風を巻き起こしてきたオルバン首相だが、今年に入り守勢に回ってきている。ひょっとしたらオルバン主義がまもなく終焉を迎えるのではないか、という声すらちらほら聞かれ出したのだ。ハンガリーで4月12日、議会選挙が実施されるが、同国の複数の世論調査によると、オルバン首相率いる「フィデス」がオルバン首相の対立候補であるペーテル・マジャール氏(44)が率いる保守・中道右派政党「尊重と自由党(TISZA)」に先行されているのだ。
オルバン首相は選挙集会では「ハンガリーがウクライナ紛争に巻き込まれないよう、フィデス党に投票すべきだ」と主張し、「国民は平和と安定の道を選ぶべきか、それとも行き詰まりに陥るEUの道を選ぶべきか、選択を迫られている」と呼び掛けている。前回の選挙戦のような余裕はない。オルバン首相は7日の集会で、ロシア産エネルギーの調達を阻んでいるとして、「ウクライナはハンガリーにとって敵だ」とまで言い切っているのだ。
また、対立候補であるTISZA党首マジャール氏に対しては、「マジャール氏はEUの傀儡であり、ウクライナのスパイだ」と繰り返し非難してきた。マジャール氏はかつてフィデス党首の側近だったが、2年前に同党と袂を分かった。2024年6月の欧州議会選挙では、TISZAは30%の得票率を獲得した。フィデスの対抗政党として党勢を強めている。
ハンガリーは巨額の財政赤字に苦しんでいる。「法の支配」の違反により、EUからの数十億ドル規模の援助金はストップされている。物価上昇率は昨年通年で4.4%と他のEU加盟国と比べて高止まりで、国民の間で不満がくすぶっている。
長期政権が続くと、政権内で様々な汚職やスキャンダルが出てくるものだ。オルバン政権も例外ではない。昨年12月中旬、矯正施設における多数の児童虐待事件が明るみに出、関係者の隠蔽疑惑が浮上した。児童の権利を擁護してきたオルバン政権下のスキャンダルに約5万人の国民が街頭に繰り出し、オルバン首相の辞任を求めるデモを行った。
また、ハンガリーのオンラインポータルサイトTelex.huは今月9日、「ペーテル・シーヤールトー外務貿易相はサムスン製バッテリー工場の汚染物質排出量が法定基準値を大幅に超えていたにもかかわらず、工場の閉鎖に反対するロビー活動を行っていた」と、オルバン首相の最側近の一人である同外務貿易相を非難した。同サイトによると、「政府はブダペスト近郊の小さな町ゴドにあるサムスン製バッテリー工場を支援し、従業員と地域住民を長期間にわたり発がん性物質の危険にさらしていた」という。
20年間の長期政権を誇ってきたオルバン政権が4月の議会選でTISZAに敗北する可能性は非常に現実的だ。投票日まで2か月余りあるから、オルバン首相は政権寄りのメディアを総動員し、TISZA批判を展開する一方、国民の不満や批判の矛先をウクライナに向け、ウクライナを「敵」呼ばわりするなど、なりふり構わない選挙戦を展開させている。オルバン主義が欧州全域に拡散する中、家元ハンガリーでオルバン氏は政権存続の危機に直面している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。