今回の選挙を「リベラルの敗北」などと言う人がいるが、これはお門違いである。立民も中道も本来の意味でのリベラルとは無関係な、戦後日本の特殊な左翼集団に過ぎない。
リベラルという言葉は、18世紀のイギリスでバークやヒュームが唱えた古典的自由主義の思想だが、ルーズベルト以降のアメリカで誤用され、「大きな政府」の代名詞になった。
日本では社会主義という言葉のイメージが悪くなった社会党が、リベラルという言葉を使い始めた。「憲法9条を守れ」という空想的平和主義はリベラルと無関係だが、団塊の世代が子供のころ教わった素朴な正義感と一致したからだ。
平和ボケは団塊老人の脳内に埋め込まれた文化遺伝子
私の世代(団塊の少し下)までは子供のころ、戦争から復員した先生に「ひどい戦争だった。二度とあれをやってはならない」と教わった。片腕のない先生もいた。一国平和主義は1970年ごろまではそれなりにリアリティーがあり、子供の世界では多数派だった。
だが世の中は大きく変わり、自衛隊や安保条約を否定できないことは、大人になったらわかる。「非武装中立」は1994年に村山内閣が自衛隊も安保条約も丸ごと認めたとき終わり、社会党は消えた。
だが大衆レベルでは、平和ボケの文化遺伝子は意外にしぶとく生き残った。今回の総選挙で中道が使ったポスターは印象的である。
これはもともとXで「ママ戦争止めてくるわ」という期日前投票についての投稿がバズったことから中道がポスターにしたものだが、ここでは日本を戦争を起こす国と想定している。これが1945年ならそれなりに意味があったが、今は荒唐無稽である。
団塊左翼は安保法制の騒動で目覚めた
団塊の世代は大人になれなかった。学生時代には大学紛争でろくに勉強もせず、なんとなく左翼的な気分のまま就職し、納得できないままサラリーマンになって資本主義に奉仕し、憲法は忘れた。民主党政権でも、憲法はほとんど議論されなかった。
ところが彼らの「古い脳」に残っていた平和ボケのDNAを呼び覚ましたのが、2015年の安保法制をめぐる騒動だった。これは「集団的自衛権の行使は憲法違反だ」というナンセンスな憲法解釈(ほとんどの人には意味不明)を野党が利用しただけだが、意外な「バタフライ効果」を生んだ。
憲法解釈は2014年の閣議決定で変更されたが、翌年になって長谷部恭男氏の憲法審査会での発言を朝日新聞が大きく取り上げたため、民主党が国会で乱闘騒ぎを演じ、街頭にはシールズのデモ隊が繰り出して、60年安保を思わせる盛り上がりを見せた。
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団塊左翼の守った憲法を改正するとき
写真をよく見るとわかるが、シールズのデモに参加したのは数百人で、その大部分は老人だった。団塊老人は子供のころ教わった空想的平和主義がやはり正しかったと思ったのだ。この体験が民進党を生み、蓮舫代表の左翼的な方針になった。
だが民進党は選挙では連敗し、前原代表は小池百合子氏の希望の党と合併して護憲左翼を少数派に追い込もうとした。しかし小池氏が「護憲派は排除する」と口をすべらせたため、立憲民主党という護憲シングルイシューの党が生まれ、それが希望の党に勝ってしまった。
今回の中道の失敗も、その繰り返しである。違うのは前回は選挙前に左派が分裂したが、今度は選挙で左派が壊滅したことだ。1994年に終わった空想的平和主義の夢が、それから30年たって完全に消えたのだ。
団塊左翼は今年80歳になる。彼らは戦後の繁栄を享受しながらそれに反抗し、自民党を憎みながらそれに代わる政権を構築できず、大人になれないまま死んでゆく。荒唐無稽な憲法9条は、彼らの残した負の遺産である。団塊の世代を葬るために憲法を改正することが、高市政権の唯一の意味ある政策だろう。
科学は葬式ごとに進歩する――ポール・サミュエルソン