二つのスパコンが示す日本の二つの未来 - 池田信夫

池田 信夫

今回のスパコン騒動は、日本のIT産業が――そして日本経済が――なぜだめになったのかを明らかにするいい機会です。ちょうど長崎大学で、3800万円で国内最高速のスパコンができたというニュースが出てきたので、この二つのスパコンを比べてみましょう。


理研のスパコンは、もともと地球シミュレータの後継機として構想され、ベクトル型でつくられる予定でした。プロジェクトリーダーに地球シミュレータを開発したNECの社員が「天上がり」したのも、当初はNEC1社の随意契約でやるためでした。ところが、この方針には「手続きが不透明だ」「防衛庁で問題を起こしたNECに随契で発注するのはおかしい」といった批判が出て、富士通と日立を入れることになりました。

ベクトル型とスカラー型の「ハイブリッド」という世界に類をみない奇妙な設計方針も、こうしたITゼネコン間の妥協策として出てきたもので、技術的な必然性はありません。私が2007年にこれを取り上げたときも、すでに「ベクトル型は時代遅れだ」という批判が強かった。案の定、今年になってNECと日立が脱落しました

国家プロジェクトの途中で、請け負ったベンダーが降りるというのはきわめて異例の事態であり、これは計画が破綻したことを示しています。もともと「おまけ」だったスカラー型だけで、10PFLOPSという富士通の最高速機の100倍の性能を出せるかどうかは疑わしい。それなのに、文科省は「審議会では仕様変更で同じ結果が得られると承認された」という理由で、予算を逆に1230億円に増額し、計画を2012年に延期して強行しようとしました。そこで財務省が「これはおかしい」と感じて、事業仕分けに出してきたわけです。

これに対して、長崎大の浜田剛助教の開発したスパコンは、ゲーム機に使われる市販の画像処理装置(GPU)を380個並列して158TFLOPSを実現し、IEEEのゴードン・ベル賞を共同受賞しました。TFLOPS単価(コストを計算速度で割った数値)は24万円。同じ効率で理研と同じ10PFLOPS機をつくれば、24億円でできることになります。もちろん長崎大のシステムは理研のような汎用機ではないので単純には比較できませんが、その50倍の1200億円という価格が非常識であることは明らかです。

理研のスパコンが有害な最大の原因は価格が高いことではなく、こういう袋小路の技術に多数の優秀なエンジニアを閉じ込めることです。80年代に通産省が「メインフレームの次はスパコンや人工知能だ」と信じて、こうした大艦巨砲型コンピュータに巨額の国費を投入したとき、コンピュータの主流はPCに移っており、日本はその波に10年以上も乗り遅れました。コンピュータ・メーカーの第一線のエンジニアが大艦巨砲プロジェクトに投入され、「おもちゃ」と見られていたPCの開発に真剣に取り組まなかったからです。

この立ち後れがその後も尾を引き、今では日本のコンピュータ産業は台湾やシンガポールにも及ばない。NECや日立が降りたのも、こういう時代遅れのコンピュータの開発にエンジニアを投入していては、経営が危うくなると考えたからでしょう。残った富士通が世界のどこにも売れる見込みのない高価なスパコンを開発することは、税金ばかりでなく人材の浪費であり、すでに瀕死の状態になっている日本のコンピュータ産業に、致命的な打撃を与えるでしょう。

政府が「科学技術立国」をめざすなら、重要なのは理研のような恐竜型システムを延命することではなく、長崎大のような破壊的イノベーションを生み出すことです。そのために必要なのは、ITゼネコンに代表される日本の古い産業構造を壊し、新しい企業が未知の技術に挑戦できる環境をつくることです。そのためにも事業仕分けの結論のように、理研のスパコン計画は、いったん立ち止まって根本的に考え直すべきです。

コメント

  1. kbk7478 より:

    池田先生のおっしゃる通りだと思います。私はバイオ系の若手研究者ですが、科学技術関連の国プロは公共事業と同じ構造です。
    私が思うに、科学技術分野で破壊的イノベーションを起こすための制度設計は、講座制で若手を縛る制度を全廃し、テニュアトラック制を導入すべきです。
    件の濱田先生も長大のテニュアトラック教員です。理系は徒弟制が色濃く残っていて、教授以外のスタッフは教授の下働き要員になっていますので、彼らを解放し、ボトムアップ的な競争的資金を増やすべきです。

  2. gase2 より:

     この「科学技術立国」という言葉の理解のされ方が問題だと思います。この言葉は「科学技術に予算を注ぎ込んでいれば日本は経済的に回復する」といった根拠のない信仰に基づいており、すぐには役に立たない純粋な発明と、既存の発明を生活に役立つような形で応用する商品化技術のうち、発明だけが「科学技術」として偏重されています。
     この結果、日本は特許の数でアメリカと並ぶほどになりましたが、それをどうやって人の役に立てるかを軽視してきたため、研究ばかりしていてちっとも儲からなくなってしまいました。科学がここまで発展したのは、それが人々の生活を改善するのに役立つからであり、すなわち儲かるからであり、その儲かった金が、また科学の研究に投入されるという正のフィードバックが起こったからです。
     かつてある欧州の研究者が、作業服を着て他の社員と一緒になって研究を行う日本の技術者たちを褒め称え、その一方で、「今に日本の研究者たちも、欧州のように『綺麗な研究』だけをするようになる」と言ったそうです。まさに慧眼と言えるでしょう。

  3. hogeihantai より:

    長崎大学の浜田剛助教授は任期限定のテニュアトラックです。現在国立大学の教職は殆ど定年までの雇用が保証されています。以前は60歳だった定年も延長され65歳となっています。無能な教授が学者としての実績は何もなくとも、政治力だけは馬齢を重ねるほど身に付け、人事権と予算配分に力を発揮するのが日本の学界の実態だ。オーバードクターはどんなに優秀でもポストがなく、浜田氏のようにテニュアトラックのポストが空いてれば運がいい方だ。それでも地方大学では研究費がつくことはないだろう。

    池田さんも ‘科学技術という名のバラマキ’ で指摘されているよう、最先端研究開発支援プログラムの30件2700億円の配分も大学の偏差値と学会のボスの権力で決まり内容は殆ど関係ない。

    大学の任期制度、定年制度にメスを入れ、予算や研究費の配分も事業仕分けのように公開し透明度を高めるべきだ。

  4. bobby2009 より:

    金のかわりに知恵を使ったという訳ですね。GPUでスパコンを作るなんて、ゲームマシン大国の日本ならではの素敵なアイデアじゃないですか。

  5. mikumiku_aroha より:

    理研は、この濱田助教授の研究も評価しており、
    2009/8の発表資料で、
    http://www.riken.go.jp/r-world/research/results/2009/090807/index.html
    > 来るべきエクサフロップス(毎秒100京回計算)
    > スーパーコンピュータに向けた次世代のプロセッサ
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    と位置づけています。