政権が変わったのですから、国の体制の大きな構成部分の一つであるICT政策も変わるのは当然です。「この政策を、四つの部会からなるタスクフォースでのオープンな議論を通じて、これから1年程度を目途に決めていこう」という原口総務大臣の方針にも、異議はありません。
今回のタスクフォースに該当するこれまでの多くの委員会や審議会が、原則的に外部には公開されず、概ね「官僚が作った方針案を追認する」ようなものであったのに対し、今回は、「官僚の作文が既に出来てしまっている」という気配はなく、また、全ての討議が公開されるようですから、大変好感が持てます。
しかし、「結論先にありき」で全ての議論が誘導されがちなこれまでの傾向が、そんなに簡単に一変されるのかどうかには、私はまだ多分に懐疑的で、今後の議論の進められ方を厳しく監視していく必要を感じています。
果たして、私の危惧を裏付けるかのように、11月30日に行われた「過去の競争政策をレビューする」タスクフォースの第一部会で、内藤副大臣は、「ブロードバンド整備は、今回の補正予算で一定の区切りが出来ており、これからはこれを如何に利活用するかの議論にシフトしていく」とか、「2010年問題(NTTのあり方についての議論)は、市場構造の大きな変化を踏まえて、もっと大きな枠組みで議論する」とか、これからの議論の方向を「決め付ける」かのような発言を、早々としておられます。
このご意見自体は、一つの考え方であり、全く問題はありませんが、このタスクフォース会議は、「過去の競争政策をレビューする」為のものであって、「副大臣の考えに基づいて今後の方策を考える」為のものではないのですから、副大臣がこの様な会議の場で、それもこの様な早い段階で、ここまで言及するのは穏当を欠くと言わざるを得ません。
NTTから民主党に送り込まれた内藤副大臣が、「NTTが競争を阻害してこなかったかどうか」が論点の一つであるこのタスクフォースで発言する場合には、「皆さんの中には、私がたまたまNTT出身なので、公平な議論の邪魔になるのではないかと危惧されるむきもあるかもしれませんが、そんな事はありませんからご心配なく。先ずは皆さんの意見を十分にお聞きする事から始めたい」とでも言って頂くと、謙虚に聞えて可愛い気があり、民主党政権に対する信頼度も増すのですが、どうもご本人には、そのような配慮をされるお積りはなかったようです。
黒川座長(法政大学)や舟田構成員(立教大学)は、長年この分野を研究してこられた方達ですが、自らの見識をひけらかされる事もなく、「このタスクフォースで、何をヒアリングし、何を議論したいか」を具体的に淡々と列挙する発言をしておられ、極めて穏当と感じました。
北構成員(野村総研)は「総務省と経産省が分かれている事がICTの競争力に影響を及ぼさなかったか?」「海外と異なり、キャリアが強力な研究開発を握っている事が競争力に寄与したか?」等という具体的な突っ込みをされており、一つの問題提起として評価できます。
「上位レイヤーでの競争力の乏しさ」については、町田構成員(経済ジャーナリスト)、中島構成員(みずほ総研)、勝間構成員(経済評論家 中央大学客員教授)が等しく言及しておられ、重要な討議項目として認識されたと考えてよいでしょう。「携帯の料金体系」の問題は、「消費者保護」の問題とも関連付ける形で、黒川座長、舟田構成員、勝間構成員が言及しておられ、関心の高さが良くわかりましたし、全般的な「コストパーフォーマンス」の問題については、中島構成員や勝間構成員が疑念を表明されました。これらの発言は、全て妥当な指摘と言えると思います。
注目すべきは、「どれくらいの市場、どれくらいの雇用が作れるかをこそ議論すべき」と論じた町田構成員の発言で、確かに、このタスクフォースの結論がそういう数字を示せなければ、「何を議論していたのか」という批判を受けることになるでしょう。「過去の競争力のレビュー」も「競争があってこそ、市場も雇用も拡大する」という考えがあるからこそ必要なのですから、これは重要な提言です。
ところが、ここで気になるのは、岸構成員(慶応大学)の発言です。会議記録を見た限りでは、岸先生は、何と、「国内の消費者利益だけでよいのか」「競争を促進しすぎると体力がなくなる」「小さいパイで競争するだけでよいのか」といった趣旨の発言をしておられるのです。
言葉通りに受け取るなら、彼は、要するに、「国内での通信事業者間の競争などはあまりさせるな。国内では(消費者に若干損はさせても)通信事業者には楽をさせてやり、体力をつけさせて、海外に進出させてやれ。そうすればもっと大きいパイが取れる。それが日本の目指すべき『ICTの国際競争力』というものだ」と言っているに等しいのです。
岸先生は、経産省の気鋭の若手官僚から慶応大学の大学院メディアデザイン研究科教授に転じられた方です。私も一度お会いした事があるのですが、日本には珍しい「スケールの大きな発想をされる方」という印象で、私もひそかに期待していた方の一人でした。
その岸先生が、このような場で、このような「初めから最後まで論理が破綻している」としか言いようのない発言をされているのですから、「この人は、どこかで強く頭を打たれたのだろうか? それとも、どこかで『甘い蜜の味』を覚えてしまわれたのだろうか?」と、私は悲しい気持になってしまいました。
そもそも、「ICTの国際競争力が高い」という事は、どういう事なのでしょうか? 以前にも申し上げた事なのですが、それは、先ずは、「日本にいるユーザーが、海外にいるユーザーよりも、より高質なICTサービスを、より安価に受けられる」という事です。
それは、「日本の産業や行政の生産性」を上げ、「日本人の文化的生活の質」を向上させ、「将来を担う世代の教育のあり方」を抜本的に改善し、更には、「海外企業にとっての日本の立地条件」をも高めます。それ故にこそ、この問題は、国民全体が関心を持って然るべき「極めて重要な課題」の一つなのです。そして、その為にこそ、我々は「競争の必要性」をずっと議論してきたのです。「既得権者が安穏を貪っている」のを許しておくには、あまりに大きな課題だからです。
「ICTの国際競争力」の一つの側面として、「日本の会社が作った商品(機器やサービス)が海外に売れる」という事もありますし、それも重要なことには違いありません。しかし、今、この時点で、「日本のユーザーを犠牲にしてでも、この目的を追求すべき」等という議論をする人がいるとは、とても思えません。(「外貨不足で食糧も輸入できなくなる」という状況下でならありうる議論ですが、岸先生が経産省に入省された頃ならいざ知らず、現在の日本はそんな状況下にはありません。)
このことに関しては、もう一つ気になる発言がありました。それは、相田座長代理(東京大学)の「先ず『競争が進展したか』の評価を行う必要があり、その後、『競争促進が国際競争力にどれほどマイナスであったか』等の検証が必要」という発言です。
この発言記録を見る限りは、私としては、相田先生が言っておられるのは、「『競争促進が国際競争力にマイナスをもたらせた』という声もあるから、それも検証しなければならないが、それは、先ず『競争が本当に促進したか』を評価してからのことだ」ということだと解釈しており、それならそれで、全く真っ当な話です。しかし、問題は、どこかの誰かが、「国際競争力がなくなってしまったが、それは競争をしすぎた(させすぎた)からだ」というようなことを、公然と言っているに違いないということです。
「競争をすると、疲れちゃうから、競争力がなくなっちゃうよ。だから、競争なんかしないでもいいように、ボクちゃんをもっと甘やかしてよ」と言っているのは、一体どこの誰なのですか? それは「NTTグループ」の幹部のどなたかなのですか? それとも実際に競争力をなくしてしまった「NTT恩顧のメーカー」のどなたかなのですか? 陰に隠れて「人に言わせる」のではなく、どうか堂々と名乗り出て、「競争をすると競争が出来なくなる」というこの摩訶不思議な論理の根拠を、みんなの前で自ら説明して頂きたいと思います。
どんな産業においても、世界で評価されている強い会社は、全て厳しい競争を自力で勝ち抜いてきた会社です。「護送船団方式で守って貰えないなら、怖くて世界に出て行けない」等というような会社は、世界のどこにもありません。
(ちなみに、「護送船団を作る為には、国内ユーザーには少し我慢してもらうべきだ」等という奇妙奇天烈なことを言っている国も、世界のどこにもありません。世界最強の携帯電話機メーカーを生んだフィンランドなどには、護送船団はおろか、それを支える国内ユーザーすらもが、僅かばかりしかいないのです。)
「言い訳をする人」や「自分の失敗を人のせいにする人」が成功した試しがないように、「競争力を失ってしまった」という厳然たる事実を、今になってもまだ「人のせい」にしているような会社は、周りが何をして上げても、再び競争力を取り戻す事はないでしょう。国もまた然りです。