大胆な「口先介入」に思うこと  -前田拓生

前田 拓生

菅新財務相は就任するや否や「円の水準」について踏み込んだ発言をしました。まぁ、為替政策の総責任者ですから「為替の水準」まで述べるのは如何なものかとは思うものの、そもそも国家戦略担当相であった頃から円高には懸念を表明していたので、市場としても「やはり」というくらいの反応だったのではないでしょうか。今回の発言は単に「大胆な口先介入」と考えるべきであり、取り立てて問題視すべきことでもないように思います。


実際、米雇用統計がコンセンサスに比べて悪化したことを受け、若干円高に振れているようですから、大臣の発言で云々はそれほど問題ではないと考えています。

また、菅財務相が考えている「円安」は「90円/ドル半ばくらい」ということらしいので、このくらいであれば、現状のファンダメンタルズを大きく崩すこともなく、「問題はない」ように思います。つまり、90円/ドル~100円/ドルのレンジ内で「口先介入」を行うくらいは問題ないと思いますし、実弾を使わず市場をうまく調整できるのであれば、それはそれで素晴らしいことだといえます。

とはいえ・・・・

財務相自身が、さらに「当該国通貨が安くなる方が良い」と考え、その方向に舵を切るのは、少なくとも、この財政状態の日本で行うのは問題だと思いますし、現実には難しいでしょう。

まず、「強い自国通貨が国益」というのとは違って、大義名分が難しいと思われます。当該国の政治を預かっている政府自らが、当該国のフェア・バリューを下げることになってしまうわけですから、何のために政治を行っているのかという正当性が疑われます。

また、円安は当該国の「輸出業者」にとっては「良い」のでしょうが、輸入については問題もあります。特に原材料・エネルギーの大半を海外に頼っているので、円安が進めば、思わぬ問題が浮上してくる可能性は否めないように感じます。

それに「円安」は「ドル高」「ユーロ高」でもあるので、現状のような景気状態では各国ともに自国通貨を高めたくないわけで、国際的な調整は難航するはずです。まぁ、ドバイショックの時のように1日で4~5円/ドルくらい動き、それが続いているような状態であれば、各国も仕方ないから調整に加わるでしょうが、現状では難しいと思います。

このようにテクニカル的な問題もありますが・・・

今のように政府債務残高が高く、財政状態がすでにサスティナブルではない時に、自国通貨安を容認するのは極めて危険な行為です。現代の「通貨」には「当該国の信用」以外に価値づけるものが何もないので、一旦、「信用できない」となれば、どこまでも安くなってしまう可能性があるのです。今「円」が買われているのは、辛うじて先進国の中で金融システムが悪くないことに加え、対外純資産が多く、また、外貨準備高も多額にあるということから、「ドルも駄目」「ユーロも駄目」、だから、「仕方ないから円」という感じで、円が高くなっていると考えるべきでしょう。

このような消極的な円高は、外部環境が変化することによって、すぐに崩れてしまうものです。

マーケットでは「日本には増税余地が大きい」と見ているので、財政の問題をあまり重大に考えていないのかもしれませんが、このまま増税問題を先延ばしし、さらに「バラマキ」を行い続けるのであれば、「日本売り」としての「円安」になる可能性があると思われます。それは「対ドル」ということではなく、資源国通貨に対して安くなれば、コスト・プッシュから激しいインフレになるかもしれません。それは「ハイパーインフレ」へとつながる道なので、そうなってしまえば「円安は産業界にとって有利」などと緩いことをいっていられる状態ではありません。

埋蔵金を探り当てるという意味では、菅財務相に大いに期待したいところではありますが、埋蔵金はあくまでも「一時金」であり、財政規律を云々できるものではありません。財政をさらにズルズルにしておいて「円安になった」ということにならないようにして欲しいものです。