トヨタ車大量リコールに見る日米の政策スタンスの差と、軋み始めた日本の製造業    藤井 まり子

藤井 まり子

藤井 まり子
アメリカでは、オバマ大統領が1月27日の一般教書演説をしました。
オバマの一般教書演説では、その大半が国内の経済問題に費やされていました。今のアメリカの最大の問題が、「雇用の創出にあること」が改めて明確に打ち出されました。

オバマ演説で注目すべきは、「大幅なドル安を背景にして、製造業を中心にした輸出産業の振興、とくに中小零細企業の振興」を打ち出したことです。

オバマの一般教書が発表された直後に、日本のトヨタ自動車がアメリカ国内で大量のリコールを受けたことは、本来ならば、もっと「違う角度」で注意すべきなのです。
トヨタ車のリコールは、数百万台規模の致命的なものでした。

これは、何を意味するのか?


アメリカは、今現在の大幅な円安を背景にして、フォード・GMをはじめとする自国内の製造業の復活、とくに輸出産業の大復活を、官民を挙げて、なりふり構わず、野心満々で狙っているということなのです。

かたや、普天間問題で、日米の間で軋みが生まれています。

そういった中で、スケープゴーストとして狙い撃ちされたのが、日本のトヨタだったのではないでしょうか。

アメリカは、2009年は、湯水のように国債を発行して、なりふり構わず、史上最大の財政赤字を積み上げてでも、「100年に一度の危機」をなんとかとりあえず潜りぬけました。
その結果起きた「極端なドル安」で、2009年のアメリカ国内の製造業は、下請の中小零細企業も含めて、息を吹き返し始めてました。

アメリカ政府は、2010年からは、官民挙げてなりふり構わず、今度はアメリカ国内の製造業の本格的な復活(輸出復活)を虎視眈々と目論んでいるのです。
アメリカ・オバマ政権は、大変「したたか」かつ「柔軟」です。

それに比べてて、鳩山民主党政権は、経団連などの経営者とは、距離をたもとうとしています。経営者とは、決して会おうともしないとも聞いています。

確かに、トヨタ内部にも多くの課題が山積されているように見えます。

私が愛知県の名古屋市へ引っ越したのは、2001年初めごろです。
当時のトヨタ自動車は、信じられないくらい自信のない心配性の企業でした。
金利にも大変がめつい企業で、借金を大変嫌い、その結果、内部留保もおよそ10兆円近く保有していました。当時のトヨタは、地銀を一個創れるくらいの内部留保を保有していたのでした。

まさしく、トヨタ自動車は、三河の徳川の伝統:「石橋をたたいて渡る」「石橋をたたいても渡らない」を、21世紀初頭まで守りぬいていた古い体質の田舎企業だったのです。
そして、当時のトヨタ自動車は、少なくとも、仕事のできる人間をとても大切にする家庭的な企業でした。

ところが、ITバブル崩壊後、日本経済全体が再び大沈没する中で、相対的に、トヨタの地位だけが急速に浮上し始めます。
さらに、2003年ごろから円安ミニバブルが始まると、多くのマスコミが、競って「トヨタ礼賛」「トヨタ詣で」を怒涛のように開始します。
日本中から「日本一成功したグローバル企業:トヨタへの称賛」が高まってから、トヨタが少しずつ変質し始めたように思えました。

それまで、「トヨタ看板方式」に代表される「血のにじむような地道なコスト削減の努力の結晶」と、海外進出においても「石橋をたたいて渡っていた」トヨタが、メディアの絶大な称賛を浴びすぎて、変質してしまったのです。

ある日を境に、「グローバルと名がつけば、すべて成功するに違いない」といった「思い上がり」が、上意下達でトヨタの隅々まで伝染してゆきました。
トヨタ自動車の「平家化」(トヨタにあらずんば人にあらず)の始まりです。
こういった意味では、マスコミの罪も限りなく重い。

そして、くれぐれも念を押しておきますが、私はトヨタ自動車批判をしているのでは決して無いのです。
愛知県に8年暮らしてみてわかったですが、「愛知県は極めて平均的な日本の姿であり、トヨタは極めて平均的な日本製造の大企業の代名詞なのである。」ということを、私は言いたいのです。

今現在のトヨタ車の大量リコール問題が象徴している「トヨタの軋み」は、日本全国の製造業が共通して直面している「日本製造業の軋み」なのです。

完全ピラミッド型の官僚組織。
円安ミニバブルの頃でさえも「乾いたタオルから水を絞る」と皮肉られていたように、下請、孫請け、ひ孫請けと、ピラミッドの下へ行くほど厳しい「古い幕藩体制のような文化」。
企業グループの本体は「平家」となり、その頂点に立つ人は、「公家」になってしまう。

かように、トヨタで指摘できることは、日本の大手製造業すべてに共通して指摘できることなのではないでしょうか。

ちなみに、円安ミニバブルの頂点時代でも、巨大官僚組織トヨタ本体でも、うつ病になる正社員は少なくなかったと聞いています。

少し余談になりますが、ミニバブル頂点時代の愛知県内では、「国内のレクサス販売店網は、外様大名である販売店が儲かり過ぎて、力を付け過ぎて、発言力を増すようになったので、トヨタ幕府が全国のレクサス販売店に号令をかけて、彼らに必要以上に豪奢な増改築をさせて、無駄なお金を使わせ、外様である販売店網の弱体化を狙って創られたシステムなのではないか」と、冗談みたいな噂がたつ程でした。
もちろん、これは噂だけで、今もって真偽のほどは定かではありません。

日本国内の製造業そのものが多くの課題を抱えているからといって、今現在の円高を放置してよいかどうかは、私は別問題だと思います。

大競争時代が始まった21世紀は、長い目で見れば、金融立国の時代ではなくなり、たいていの国は、製造業で立国する時代へとシフトしてゆくことでしょう。

このまま日本政府および日銀が円高を放置してゆけば、日本国内の製造業が下請けも含めて壊滅的打撃を受けて、二度と立ち直れないような状態に落ちてゆくのではないかと、とてもとても危惧されます。

コメント

  1. susumu_2009 より:

    「米政府によるスケープゴート」のような政治的な思惑で起こったことでしょうか。後半のトヨタのおごり説の方が近い気がします。

    下請け構造の崩壊、系列からメッシュ化などがじわじわと影響しているのではと勝手に推測しています。

  2. codeblueline より:

    トヨタ車リコールの直接的な原因は、部品の現地調達や共通化のせいで品質管理が行き届かなくなったことにあると思われます。しかし、それはトヨタだけに限らず、世界中の自動車産業(製造業)が直面している現実の条件なのであって、円高を是正すれば解消するような問題ではありません。
    確かに、目の前でGMやフォードに「トヨタ車から乗り換えたら1000$支給キャンペーン」!などやられれば、「官民を挙げて、なりふり構わず、野心満々で」と言いたくもなるでしょうが、ああいうことはアメリカではありふれた光景です。
    むしろ、藤井様によってぼろぼろと詳細に語られたようなトヨタ企業のダメっぷりをきちんと是正するところから始めないと、一時的な延命措置を施すだけでは物事は何も解決しないのではないでしょうか…。

  3. hogeihantai より:

    設計、製作上のミスがあっても、日本では殆どリコールをせず、法定車検の際、こっそり部品の取替えや修理をすると言われてきた。車検制度のない米国ではこの手が通用しない。日本独特の車検制度にあまえミスを隠す体質が今回のような事態を引き起こしたといえる。日本の車検制度は廃止すべきである。残すにしても、営業車に限るとか、一定以上の走行距離を越えたものに限るべきである。

    日本経済の車の両輪であった、エレクトロニクスがこけ、もう一つの自動車が駄目になれば、輸出は壊滅に近くなる。そうなれば間違いなく円安になります。韓国がウォン安でリーマンショックから立ち直ったように、トヨタの経営危機でそのうち日本も立ち直るでしょう。禍福はあざなえる糸のごとし、神の見えざる手は働いてます。日銀や政府を非難するのはやめましょう、まり子さん。

  4. raki333 より:

    アメリカ・オバマ政権は、大変「したたか」かつ「柔軟」です。
    で、鳩山政権は、大変「体たらく」・・・ですか。
    それで民主小沢氏を干す、のはアメリカの差し金ですか。
    物事の本質は一体どこにあるのでしょう。トヨタは日米の政治的なカードに使われた、という確かな情報を提供してください。それがメディアで生きる人の仕事ではないでしょうか。

  5. disequilibrium より:

    アメリカが(トヨタに限らず)大企業を叩いているのはいつものことで、自動車のような高度な製品は、必ず何かしら欠陥がありますから、この手の問題は日常茶飯事だと思うのですが。

    特筆すべきは、日米関係よりも、日本国内で、トヨタの問題が大きく報じられるようになったことではないかと思います。
    今までは自民党政権のせいか、それとも、マスコミとの談合かは知りませんが、死亡事故が何件も起きるなどの大問題になるまで、大きく報道されることはなかったはずです。

    円高の要因として問題なのは、欧米諸国の財政問題からの通貨安と、中国の通貨ダンピングだと思いますが、この問題に対して日本政府ができることはあるんですかね。

  6. jij999 より:

    外国の投資家に「トヨタと商社って同じじゃないか」と何度も言われたことがあります。やたらと「垂直」に事業の系列化をすすめて閉鎖的だからということです。日本人の多くは、国家神道のマネをして、財閥系企業や大学や医局、研究所、軍隊、官僚の中に身分制・職階制・等級制をもちこむ。

    でも商社が第二経済産業省(第二通産省)や第二外務省として体育会系的な「関東軍」として機能してきたのと違い、トヨタは独自の技術開発をやってきた。輸入車には関税をかけずに競争してきた。ただ、最近はエコポイントとか、大店法の恩恵を受けたりといろいろ「営業」の結果が出てきているのもたしか。

    今後は法的な「大企業文系のホワイトカラー保護」を縮減し同一労働同一賃金を実現して、下請けイジメを無くすことで、国内製造業の低迷を防ぐことが大切だ

    ・・・・って言っても民主党じゃむりか・・・

  7. 未来 より:

    記事の内容も、コメントも全く根拠のない事を推理しただけでしかないですね。
    当事者の事は、今のところ何もわからないのが現状です。

    まあ、私も推理すればトヨタは世界の最先端を行き過ぎた。
    その中で、先駆者だから世界で誰も経験しない技術的な問題を体現していると言う事でしょう。
    良く言えば進化の過程かな。

  8. disequilibrium より:

    >未来さん

    今回問題にされているのは、技術云々ではなく、顧客が報告した欠陥への対応が不十分だったことです。

    技術の問題だとしたら、より深刻ですが、幸いにして、これは企業モラルの問題ですね。

  9. hogeihantai より:

    未来さん、「コメントも全く根拠のないことを推理…..」

    車検時に秘密裏に欠陥部品を交換しているのは、少しでも車のことをしっている人の常識です。リコール、車検、秘密でグッグって見て下さい。昔の記事が無数に出てきます。新型車が出ても、欠陥がほぼ出尽くし対策がうたれる迄の半年位は買うのを.控えるというのが、我々、機械技師の常識です。自動車広告が大きな収入源である、マスコミは知っていながら報道しないので貴方が知らないのも無理はありません。

    工業製品は原発、飛行機、車、電気製品、100%安全なものは有りません。全て、ある確率で欠陥品があり、事故が発生します。安全率を100%に近づけるほどコストが上がるので安全と価格はトレードオフの関係にあります。はっきり言えば、死亡事故に繋がる欠陥が判明しても、事故の確率が極めて小さく欠陥を正す対策の費用が正当化されない場合はメーカーはダンマリを決め込む場合もあります。残念ながらトヨタは判断を誤ったと言っていいでしょう。

    事故が発生してもメーカーの責任を問うにはユーザー側に実証する義務があり、事実上不可能です。国はメーカーよりで消費者の利益は守られていません。車検制度と合わせて検討するべきです。

  10. 未来 より:

    hogeihantaiさん

    Googleで見ましたが、それらしきものは見つかりませんでした。やはり、第三者が根拠も無いこと書くのは慎重にならなければと思います。なぜなら、そこには必死に食いしばりがんばっている方がいるんですから。

    完璧なものなど無いのはわかります。たとえば、プラスチックでできた製品なら割れやすいでしょう。
    でも、金属でできた製品でも100%割れない、壊れないことは無い。また、金属の場合はその重量から他の部品などに負担も多いかもしれない。このへんは、素人の私でもわかります。どこまでが欠陥と呼べるのかもあるでしょう。

    今回の場合、アメリカがリコール制度がしっかり機能しているとの発言だと思います。
    しかし、その中で日本製品は優秀だとの評価があり、アメ車はそれなりの評価だったはずです。
    アメリカの日本より優れたリコール制度の中で、評価の高かった日本製品が、なぜ日本国内では車検制度で助かったのでしょう?それが理解できないのです。

  11. advanced_future より:

    まず、トヨタの大規模なリコールは、日本でもアメリカでも起きています。今回がこれまでと違う点は、その注目度が以前とは異なるということです。日本のマスコミによく見られる横並び現象で、なぜこういうことが起きるかといえば、日本国内では広告業界の最大スポンサーであるトヨタに逆らうのは合理的でないからです。今回の報道はアメリカを発端とするので、マスコミがネタに乗りやすかったということでしょう。海外の報道をキッカケに堰が切ったように国内報道が加熱するのはこれまでも多々見られたことです。
    また、事態が悪化した原因はトヨタのリスク管理能力の問題だと言われてしまうでしょう。技術的に問題があったのか、言いがかりなのかは別として、目をつけられる可能性が高い中で、隠蔽ととられてしまうような対応はすべきではなかった。トヨタの経営陣は理不尽な想いを抱いているでしょう。しかしながら、日系企業イジメが政治的に利用されるのは貿易摩擦が激しかった頃もよくありました。結局、いつものキレイごとはご都合であって、どこまでいってもアメリカはアメリカン・スタンダードな国なのでしょう。弱いですね。

  12. hogeihantai より:

    未来さん

    何度も申し上げますが、事故の確率をゼロにすることは不可能です。スペースシャトルの死亡事故の確率は旅客機の数千倍ありますが許容されています。旅客機でも同じ頻度で事故が起きれば客はいなくなります。車の欠陥に依る死亡事故の確率は明らかではありませんが、10万分の1か100万の1位ではないでしょうか。100万台に1台しか死亡事故が起きないのであれば、恐らくメーカーは何の処置もしないでしょう。

    日本国内で事故が表面化しにくいのは車検時に対策をすることに加え、米国よりはるかに車の使用頻度が少ない、走行距離が短いことがあげられます。隠れリコールはグーグルすれば必ず出てきます。例えば、http://questionbox.jp.msn.com/qa1564920.html
    質問者は見積もりに入ってなかった部品が車検完了後、交換されていたが、代金の請求はなかったなぜだろう。回答は隠れリコール、部品は欠陥品だった。

  13. 海馬1/2 より:

    UFJ銀行 – Wikipedia
    旧東海銀行関連(現物出資&親密) に移動‎: 2001年(平成13)4月2日 – 三和銀行、東海銀行、東洋信託銀行が株式移転により株式会社UFJ … 行はUFJホールディングスの完全子会社となる。同年7月、東洋信託銀行と東海信託銀行が合併。

    名古屋経済を食いちららかした人たちは食い逃げしますか?w

  14. 海馬1/2 より:

    未来さん 
    部品の孫下請けのパートのおばさんでも、
    自分の仕事の「品番」や寸法が微妙に変わるのにきがつきますよw 

  15. 海馬1/2 より:

     レクサス店の展開はバブル期のマツダ・インフィニティ店を彷彿させるものでしたね。

  16. 海馬1/2 より:

    電気自動車やグリーンニューデールのイノベーションは
    米国内の産業復興へのチャンスであり、国防(広義)上の安全保障であるはずです。アウトソウシング先の日本・韓国・台湾の製造業が中国にアウトソウシングして弱体化するのは目に見えたいますし、(軍事)同盟関係といっても駐留経費負担の見直しを新政権がしない訳にいかない。
     「進化の過程」はトヨタでなくアメリカ側のことです。
    もし、サブプライム景気がまだ続いていたら、ものすごい好景気になっているはずです。

  17. codeblueline より:

    現地の報道では、アクセルペダルを作ったCTSは、トヨタからのクレームは8件しか来ていないと発表しているとか…、
    ↓この評者は、トヨタの設計思想自体に問題があるとみているようですが……
    http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1923.html

  18. 海馬1/2 より:

     日本の製造業自体は軋んではいません。
    余剰労働力の放出のタイミングリミット(リーマンショック)を
    過ぎてもそれを吸収する施策を用意できなかったのです。

  19. 未来 より:

    hogeigantaiさん
    海馬1/2さん

    アメリカでのトヨタの品質の評価の高さは誰もが認めるところ。

    トヨタの車は、アメリカでは長距離運転されてこなかったというのでしょうか?
    長距離運転などアメリカでの使用結果が良く、今のアメリカでのトヨタの高評価があるわけです。

    それに、今回言われているのはアクセルペダルと言う1部品の話です。アメリカの長距離運転とは特に関係ない話と思われますね。

  20. hogeihantai より:

    未来さん

    残念ながらそれは昔の話です。
    Consumer Reports 2009 Annual Car Reliabilityによると、ファミリーセダンの部門では、プリウスを除き、フォードのFusionとMilanがトヨタのカムリ、ホンダアコードを抜いてトップにランクされています。今回の事件でトヨタ神話は崩壊したと言わざるをえません。ちなみに私は昔からホンダの車です。