日銀が国債を引き受ける日 - 池田信夫

池田 信夫

国会で日銀の追加緩和をめぐる論議が続いている。特に亀井静香金融担当相は「日銀が(国債の)市中からの買い入れだけでなく、国債を直接引き受けて財源をつくることをやればいい」と、これまでタブーとされていた国債の日銀引き受けに踏み込んだ。これはマクロ経済学の練習問題としておもしろいので、実際にやったらどうなるか考えてみよう。


日銀が国債を引き受けることは財政法で禁止されているが、国会が決議すれば可能である。かりに国会で「日銀は国債を100兆円買い取れ」という決議が行なわれたら、白川総裁以下、現在の日銀理事は全員、辞任するだろう。それに代わって亀井氏が(議員辞職して)日銀総裁になり、理事をすべてリフレ派に入れ替えれば、「無責任になることにコミット」できる。

市場はどう動くだろうか。国会決議が行なわれる見通しになった段階で、国債が売られて暴落し、入札が成り立たない事態も考えられる。このとき日銀が国債を引き受ければ国債は消化できるが、市中に大量の通貨が供給され、国民は通貨を実物資産に換えるため、インフレが起こるだろう。これによって円が暴落すると輸入物価も上がってさらにインフレになり、70年代のように物価が40%以上も上がることは十分考えられる。

「インフレ目標」でハイパーインフレを防ぐことはできない。インフレには資金需給による貨幣的要因と、政府の信用による財政的要因がある。通常のインフレは貨幣的現象だからマネタリーベースを絞ることで抑制できるが、中南米でよく起こるハイパーインフレは、サージェントも指摘するように通貨の信用が失われて実物資産に換えることによる財政的現象なので、信用を失った日銀がインフレを止めることはできない。逆に日銀が信用を失わなければ、国民は貨幣を実物資産に換えないので、インフレは起こらない。

国債が暴落すると、それを300兆円以上保有している邦銀は莫大な含み損を抱える。邦銀も最初は買い支えるが、支えきれなくなったら、含み損を避けるために売り逃げるだろう。彼らは横並びで動くので、売り始めたら国債はさらに暴落する。たとえば10年物国債の金利が(史上最高水準の)8%になると、額面利率1.2%の既発債の価格は62円になり、全体で110兆円以上の損失が出る。これは90年代の不良債権の純損失を上回り、邦銀のほとんどが破綻するだろう。

こうした事態が予見された段階で取り付けが起き、2008年の欧米のような状態になろう。欧米より悪いのは、財政も破綻しているため、政府が銀行を救済できない点だ。この結果、金融システムは完全に崩壊し、企業が大量に倒産して1000万人ぐらいが失業し、インフレで年金や金融資産の実質額は大幅に低下して高齢者の生活は破綻し、実質GDPも大幅に低下して、日本は60年代ぐらいの生活水準に戻るだろう。

ただ円安によって製造業の国際競争力は回復し、インフレで政府の実質債務も軽減されるので、最終的には財政赤字は縮小に向かうだろう。世代間の所得分配の不公平もかなり是正されるので、「明るい焼け跡」もそれほど悪くないかもしれない。

コメント

  1. kakusei39 より:

    サラリーマンや公務員の給与はどうなるのでしょうね。
    直ぐにインフレに追随できないだろうと思うのですが、さすればハイパーインフレに防御的な行動に国民は走りますよね。買占めに向かう動きが激しくなり、特定の物がなくなるのではないでしょうか。

    ハイパーインフレの世界各国のなじみの風景は、治安の悪化です。強盗や窃盗、あるいは打ち壊し、一揆の類が起こるのではないでしょうか。

    本当の弱肉強食の、戦後闇市を髣髴とさせる世界が出現するかもしれません。これは、亀井さんの得意とする世界のような気もします。なんせ警察官僚だったわけですから、得意の顔で、頭を振ってご出陣となるのでしょう。

    勝間女史は、インフレになったじゃないと、得意満面になっている可能性大かな?

  2. noutori より:

    明るい焼け跡はブラックジョークだと思いますが100兆円以上の資産の消滅がもたらすショックは甚大なものです。くわえて政府への信用がなくなるのでそれこそ失われた50年になりまねません。ORまともに政府機能が働かない国家になってしまうかもしれません。焼けたけれども希望が残ったのではなく希望も何も消えうせることになるでしょう。思いつきでしか政策を発現できない現政権は日本の未来をになう資格があるのでしょうか。

  3. takutoshima より:

    日本の財政が破たんするという事は、その過程で当然保有している米国債を売るでしょうから、米国債も暴落し、アメリカも同じような事態が起こるという事でしょうか?

    日本の財政破たんや国債暴落のシミュレーションはよく目にしますが、その時アメリカはどうなるか・・についてはあまり言及している記事を見たことがありません。

  4. 義経 より:

    >邦銀のほとんどが破綻するだろう。
     そう単純ではないと思います。
     国債が暴落するのはたしかですが、
     株などその他の資産は含み益になり、 
     インカムも大幅に増えるので、不良債権も
     それほど影響は限定的になるでしょう。
     それより、下方硬直性により下げられなかった
     賃金が相対的に下げるのが大きいです。

    >「明るい焼け跡」もそれほど悪くないかもしれない。
     私も真剣に悪くないとおもってます。
     唯一国債は誰も買ってくれなくなるでしょう。

     今一番の問題は、高齢の正規雇用者が
     新卒の雇用を抑制していることで、
     結果的に、将来を支えるべき人材にスキルをつけること
     ができなくなってしまっていることです。

     どんな形にせよ、これが解決するのが一番望ましい。

     個人的には、日銀の国債引き受けよりは、
     意図的な円安のほうがマイルドなインフレを
     起こせるので、望ましいと思ってます。

  5. livedoa555 より:

    >こうした事態が予見された段階で取り付けが起き、2008年の欧米のような状態になろう。

    インフレによる貨幣価値の目減り分の大部分は銀行の預金金利の上昇でカバーできる、という話をどこかで読んだことがあります。この点について、池田先生の御見解をお聞かせください。

  6. ゆうき より:

    「質素で退屈で憂鬱な低成長時代が始まる」とか「100年デフレ」よりは、国債バブルが崩壊して「貧しいけど刺激的で明るい焼け野原」のほうが余程いいと思います。ただどうなんでしょう。戦後の何もない野原には投資先がいっぱいあったでしょうけど、今の日本に投資対象がそれほどあるのでしょうか。

  7. ismaelx より:

    私は明るい焼け跡になるかどうか、はなはだ疑問に思います。
    もし経済が破綻すれば、そこから努力して這い上がろうとするのではなく、「資本主義の暴走と破綻」と誰かが叫んで、経済をしっかりコントロールし、金持ちから税金をむしり取ってやろうと社会主義国化する可能性が大です。ここのブログでさえも金持ちからムシるのは当然だという書き込みもチラホラあります。
    もう1つの可能性は中国あたりが苦しがっている日本企業を買い叩くだろうということで、産業が空洞化するかもしれません。
    いまのヘタレっぽい若者に、果たして国を再興する根性があるかどうか、これもかなりの疑問です。

  8. takahashisyouji より:

    焼け野原を希望する人が多いようですが、
    そんなに日々の生活に困窮しているのでしょうか?
    そこまでヒドイ社会状況ではないはずです。

    子どもの寝顔みてたら、焼け野原は困ります。
    世帯当たり30万円以上の年金の支給は10年先延ばしするとか
    まだまだやれることあるはずです。

  9. advanced_future より:

    なとなく・・みなが持ってる期待は・・。
    国債のステークホルダーにとって破綻リスクがあまりに大きいので、日銀引受けなどをやる場合は、国が旗振って邦銀、郵政、その他などでカルテルを組む可能性はないのでしょうか。日本的横並びで第一弾は持ちこたえると。幸か不幸かヘッジファンド等の脅威が小さいので。(独禁法に問われるのか知りませんが、例外措置ですか?)
    信用は毀損されるので、円が暴落するかですが、たぶん、今の日本ではむしろそれを望む人までいるのではないかという気さえする。この時、海外における邦銀のプレゼンスはどうなるのでしょう、ちょっとわかりません。
    海外からみて、これまで日本は真面目サラリーマンに見えていたのが、これがちょい悪オヤジになると。ちょい悪オヤジならまだいいが、単なる不良に見えると辛いですね。仕事ぶりが変わらなければ日本企業の海外での仕事がやりにくくなるかもしれないなどと考えたりします。この辺が内需に強みを持つ中国との違いなのかなぁと考えたりします。

  10. kakusei39 より:

    >その過程で当然保有している米国債を売るでしょうから、米国債も暴落し、アメリカも同じような事態が起こるという事でしょうか?

    米国債を売る必然性はないでしょう。ハイパーインフレの時に一番強いのは、保有している外貨でしょう。インフレに応じて為替レートは無茶苦茶の円安になりますから、ドル360円の方向に暴落で、日本の中で持ってるドル債は、値打ちの高いものになります。インフレ最中に売る人は、利益を捨てる人でしょう。

    >インフレによる貨幣価値の目減り分の大部分は銀行の預金金利の上昇でカバーできる、という話をどこかで読んだことがあります。

    銀行がインフレに対応する利子を付けれるのは、どこから入手したお金なんでしょうか。今のように、日本国債で運用しているのに、国債の金利がインフレに対応して変動するはずもありません。企業に貸し付けている資金も金利は低いままですから、インフレを打ち消す利子等付けられるはずもないと思いますよ。