★★★★☆(評者)池田信夫
著者:大竹 文雄
販売元:中央公論新社
発売日:2010-03
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経済学を学んだ人とそうでない人の最大の違いは、効率と公平の違いを理解できるかどうかだろう。たとえば「人口の少ない地方に高速道路を建設するのは非効率だ」と経済学者がいうと、政治家は「同じ日本人なのに地方だけ高速を使えないのは不公平だ」と反論する。これは論理的には反論になっていないのだが、後者の議論のほうが政治的には通りやすい。
このように平等を好む感情は、世界のほとんどの民族にみられるので、人間の遺伝子に埋め込まれているためとも思われる。しかし本書によれば、類人猿の実験では平等に分配する傾向はみられず、人間の子供も3~4歳までは利己的に行動するという。つまり公平感は遺伝形質ではなく、社会的に獲得された感情なのである。
世界的には所得格差が拡大しており、その原因はITとグローバル化である。しかし日本の所得格差は、それほど拡大していない。それは労働市場が硬直的で、このような変化の影響がまだ小さいためと考えられる。しかし「不公平感」は強い。その原因も、年功序列などによって賃金が能力や努力に比例しないためだろう。
効率と公平は、理論的には分離可能だ。パレート効率的な状態は所与の所得分配から一意的に決まるが、どの所得分配が公平かを決めるアルゴリズムは存在しない――というのが標準的な経済学の考え方だが、この二分法は現実には正しくない。たとえばすべての人の所得分配が同一だとすると、労働のインセンティブが失われて効率的な資源配分は実現しないし、逆に社会のすべての富が君主に独占される社会も望ましくない。
したがって妥当な解はその中間のどこかにあるはずだが、そういう「最適分配」を決めることはできない。このように公平の問題はむずかしいが、効率の問題は比較的やさしい。著者も指摘するように、民主党政権の決めた派遣労働などの規制強化は、労働市場をゆがめて失業を増やす、非効率で不公平な政策である。このように有害無益な政策を支持母体(連合)に迎合して行なう行動も政治的には合理的だから、それを阻止するには有権者が賢くなるしかない。
しかし144ページ以下の「『モノよりお金』が不況の原因」という話(もとは小野善康氏の説)は、いただけない。2008年以降に激減したのは家計消費ではなく輸出だから、不況の原因を家計の「守銭奴的な行動」に求める著者の意見には根拠がない。この外需の不足を裁量的な「よい公共事業」で埋めるという著者の提言も、バラマキになるおそれが強い。「これは悪い公共事業だ」と銘打って行なわれるプロジェクトなんて一つもないのだから。
コメント
確かに小野説の章は違和感を持ちました。大竹さんのこといろいろ論考されたことでしょうからもう少し書き込んでいただきたかったと思います