大資本か独立・起業か―連休明けは働き方について考えよう ― 藤沢数希

2010年05月06日 00:55

労働が分割されはじめると、各人は、ある特定分野にだけとどまるように強いられ、そこから抜け出すことができなくなる。
カール・マルクス、フリードリッヒ・エンゲルス(ドイツ・イデオロギー

いよいよ明日は連休明けである。明日、また満員電車に乗って出社しなければいけないと思うと悲しい気持ちになるサラリーマン諸氏も多いのではないだろうか。筆者も連休中にたっぷり溜まっているであろうニューヨークやロンドンからのメールを処理しながら、通常業務に復帰しなければいけないと思うと気が重くなってくる。ツイッターは独立・起業を考えているユーザーが多いようで、昨日、筆者が運営するブログで書いたエントリーには大きな反響があった。そこで今回はさらに踏み込んで、大企業のサラリーマンという働き方と、独立・起業するという働き方のメリット・デメリットを考えてみたい。


一般的に大企業、すなわち大資本を有する会社の従業員は、収入も安定しており、また比較的高い収入を得ることができるとされている。筆者の実体験からしてみてもこれは正しい。しかし、よく考えてみるとなぜ大資本を有する巨大な会社の従業員は、収入の高さやさらに安定性という点で恵まれているのだろうか。大企業でも小さなベンチャー企業でも売上から様々なコストを引いた収益が従業員の報酬の源泉になることは変わらない。つまり、大企業の方が小企業に比して社員一人当たりの収益も、またその収益の安定性も高いということになる。まずはこのことから考えていこう。

大企業は設立間もない中小企業に比べれば、とうぜん圧倒的なブランドを持っているし、信用がある。ブランドは企業活動の様々な場面で優位性を生み出す。消費者が製品を選択する時はもちろんのこと、会社が従業員を雇う場合でもブランドの力は非常に大きい。信用は、企業が資金を調達するときに資本コストとして跳ね返ってくる。大企業の方がより安く資金を調達できることが多い。また、大きな金額が動くビジネスでは、そもそも信用が高い企業しか取り引きに参加することができない。

しかし、筆者が思うに、大企業が優れている点は、その高度な分業体制にあると思う。社員がそれぞれの業務に特化、専門化しているのである。製品開発と営業や財務は分断されており、さらに製品開発でもそれぞれのプロダクトに細分化されている。営業もしかりである。経済学的にはこのような分業化は企業全体の効率性を高める上で理に適っている。有名な比較優位の原理だ。各人がそれぞれの専門分野に特化することよって会社全体ではより多くの財やサービスを効率的に生産できる。その点、ベンチャー企業では社長がひとりで製品開発から営業までこなしているのが普通だ。以上のようなことが、多くの既存業種で大企業の方が、中小零細企業よりも高収益で、安定している理由だろう。

とこらが労働者の側に立つと、この分業化は諸刃の剣となりうる。社員は文字通り会社の歯車になることを強要され、そういったスキルはその会社内でしか役に立たないことが多いのである。こうして大企業の中で「社畜」が大量に生み出されるのである。これは経営者や資本家の側から見ると実に都合がいい。各従業員は社内の業務に専門化されたスキルしか身につかず、よって転職市場で他社に引き抜かれる心配もない。経営学の最も重要な発見によると、会社の経営者というのは社員が辞めない程度の給料を払い、社員は首にならない程度に働くものである。自社の社員が転職市場で魅力がないということは、劣悪な労働条件を社員に押し付けても社員が逃げないことを意味する。なるほど大企業は確かに効率的だが、そこで働く従業員は必ずしも幸せとはいえないようだ。

ここまで大企業の有利な点を書いたが、それでは大企業の不利な点は何だろうか。大企業は組織が大きいがために各部署の利害対立の調整がむずかしく、それゆえ意思決定が遅い。これは現代のような変化の激しい時代ではかなり不利だ。また、日本のように解雇規制が厳しく労働市場の流動性が乏しいと、大企業には自らが稼ぐ以上に年功賃金で給料をもらっている社員がたくさんいる。彼らの給料を支払っているのは、もちろん給料以上に会社のために稼いでいる社員だ。大企業は高度に分業化されているが、これは既存の生産ラインを回すには確かに効率的だが、既存の方法論を否定するようなイノベーションは逆に生まれない。今あるビジネスが成功していれば成功しているほど、そこから抜け出せなくなってしまう。ましてや各従業員の権限が細かく分断化されてしまっている大企業なら絶望的だろう。有名なイノベーションのジレンマだ。

このように考えるとどういう場合に起業した方がいいのか見えてくるのではないか。それは既存のビジネス慣行を全否定するような破壊的イノベーションを起こすことができるときだ。そういった分野で新たな市場を創造できれば、起業家の手には信じられないほどの莫大な富がもたらされるだろう。とはいえ連休明けの軽いエントリーにそのような壮大なテーマを論じるのは場違いなので、ここではもっと個人のレベルで起業や独立を考えてみたい。

大企業には分不相応な待遇で会社に居座っている社員が多数いて、そういった社員のコストを払っているのはそれ以外の社員だ。あなたがそれ以外の社員の方に入っている場合は、独立して小さな事務所を作り元の会社のアウトソース先になったりすることにより、年収は増えるかもしれない。また、最近ではテクノロジーの進歩によって、大企業でしかできなかったことがどんどん個人でできるようになっている。その一つの例がメディアである。昔はテレビや新聞などが情報の流通を独占していたので、ジャーナリストはそういった大資本の下で仕事をせざるを得なかった。しかし、今はブログがありツイッターがあり、情報の発信という点に関しては、テレビ局や新聞社のジャーナリストもフリーのジャーナリストも差がなくなりつつある。むしろ、テレビ局や新聞社は大手スポンサーや政治との微妙な関係で、真実を報道できないこともあるので、フリーのジャーナリストの方が、記事を書く際の制約が少なくより質の高いコンテンツを提供できるともいえる。他の例を上げると、投資やトレーディングなども金融機関と個人投資家の差はテクノロジーの進歩により急速に埋まりつつある。成功している個人投資家は、大手金融機関のサラリーマンなどとは比較にならないほどの莫大な資産を築いている。

このように大企業の弱点と、テクノロジーの進歩による社会の変化をつぶさに観察していけば、起業や独立の勝機が見えてくるのではないだろうか。IT革命のおかげで大企業の中でしかできなかったような仕事がどんどん個人でできるようになっている。大企業が持っていた優位性は次々と失われている。一人の個人がまるで大企業の中で仕事をしているかのように、独立して仕事ができるようになりつつある。これからは個人の時代なのだ。

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