「テレワーク」は現実のものになるか? - 松本徹三

2010年05月10日 10:41

「テレワーク」の可能性が語られるようになってから久しくなります。少なくとも十数年にはなるでしょう。にもかかわらず、その成功例はまだ見えていません。その理由は何なのでしょうか? 技術か、コストか、それとも、文化的、心理的障壁なのでしょうか?


「テレワーク」のメリットは繰り返して語られてきました。最大のメリットは、勿論「通勤時間の節約」です。東京近郊に住んでいる人達の場合は、往復で平均二時間から三時間にも及ぶといわれる満員電車での通勤は、疲労の蓄積を招いて生産性を低めるだけでなく、家庭をも破壊しかねません。「テレワーク」が実現すれば、この問題を一気に解決するだけでなく、「育児」や「両親の介護」を「仕事」と両立させることも可能になるでしょう。

製造工場での勤務やサービス現場での接客業務と異なり、オフィスワークやソフトウェア関連の仕事は、他のオフィスワーカーやコンピューターシステムとのコミュニケーションさえスムーズに出来れば、どこにいても出来る仕事です。確かに、たまには生身の人間同士が向き合うことも必要かもしませんが、そんなことは一週間に一回、いや一ヶ月に一回でも十分でしょう。ということは、仮に「たまの出勤」に数時間を要するような山の中に住んでいたとしても、特に支障はないということです。

「テレワーク」のことを話すと、必ず出てくるネガティブな反応が、「家にそんな機材を置くスペースはない」「子供達が走り回っているようなところでは仕事に集中できない」という趣旨の話です。しかし、この問題は「ホームオフィス」ならぬ「サテライトオフィス」で解決出来ます。つまり、地方都市や郊外の駅の近く等に、数個から数十個のキュービックを備えたサテライトオフィスを、その町の地主さんなどが作って各企業に貸し出せばよいのです。

シンクライアントの思想を徹底すれば、そういったキュービックには、さして高価な機材を装備する必要はありません。マルチスクリーン表示も可能なカメラ付の大型ディスプレイとスピーカーフォンを備えた「普通のパソコン」があれば十分でしょう。プリンターやスキャナー、FAXなどは、一つのサテライトオフィスに一台だけ置いて、みんなで共用すればよいのです。社内の電話は全てIPで処理すれば事足ります。

「テレワーク」を可能にする為には、勿論、全社のシステムがこれに適応していなければなりません。如何なる資料も私蔵は許されず、社内の全ての決裁や許認可は、電子的になされるようになっていなければなりません。

印刷されたフォーマットへの書き込みや署名捺印などが、例え部分的にでもなお必要とされる情況が残っていると、これが全てをブロックしてしまいますから、対外的にどうしても必要な物を除いては、「全廃」されなければならなりません。対外的に必要なものは、社内の担当部が責任を持って印刷、代理捺印、発送などを行う仕組みを作っておくことも必要です。

これまでになされた幾つかの「テレワーク」の試みがうまくいかなかったのは、一部の特殊な人達を対象に小規模で行った為、これらの総合システムが整っておらず、これがネックになったケースが多いようです。ですから、「テレワーク」を真剣に考えるなら、やはり初めからトップダウンで大規模にやる必要があります。

「如何なる資料の私蔵も許さない」というのは、情報セキュリティーの面からも当然なのですが、全社のファイルシステムがうまく整備されていないと、資料探しに膨大な時間を要するというデメリットを生じる恐れもあります。このことを含め、社内のイントラネットシステム、社内クラウドの整備は、テレワーク環境の整備と表裏をなすと言えます。

一方、使う側からテレワーク環境のあり方に注文をつけるなら、下記が三大必要条件になるのではないでしょうか?

1)全てのイントラネットサービスへの簡便なアクセス
2)高速の大容量ファイルトランスファー
3)簡単に設定でき、且つ臨場感のある「多地点オーディオ・ビデオ会議システム」

上記の3)については、社内だけでなく、主要な取引先等との間でも随時可能になっていると、極めて好都合でしょう。相手側にそのシステムが無い場合でも、誰か一人が必要機材を持って相手先を訪問すれば、自社の多くの関係者を巻き込んだ会議が設定出来るようにすべきです。

これまでの「ビデオ会議システム」は、「生の映像を音声と同期させて送る」(これが結構難しいのも事実)ことばかりに注力するあまりに、実際の会議システムとしては極めて使いにくいものが多かったように思います。ところが、最近は、殆どの会議でスライドを使ってのプレゼンテーションを行うのが普通ですから、画面は、多くの場合、出席者の生の映像を見せるよりは、むしろこの為に使用されるべきです。

勿論、理想的には、出席者全員のライブの映像がセンターにアップロードされ、出席者はその中から好きな物を選んで、ワイドで見たり、フォーカスしてみたりすることも可能になっていれば言うことはありません。しかし、出席者の中には出先からモバイル端末で参加する人もいるでしょうし、コストの問題も考えなければなりませんから、最初からこれを前提にするべきではありません。話者特定の為に、最低限「出席者の画像」は必要ですが、最悪時はファイルの中にある本人の古い画像を画面に出しておくだけでも可とすべきです。

最後に、「テレワーク」を管理者の立場から考えると、きちんとしたシステムさえ出来ていれば、「管理・監督をむしろ容易にする」というポジティブ面の方が多いように思えます。

「テレワーク」している側の従業員は、ボタン一つで「on-work」と「off-work」を切り分けられるようにすべきであり、「on-work」モードでは、大あくびをしているのを上司に見られていても仕方ないが、私用をこなしたい時や、息抜きをしたい時には、いつでも「off-work」に切り替えることが出来るようにすべきです。(家で赤ん坊の面倒を見ながら仕事をする時などには、このシステムは極めて便利ですから、少子化対策の一助ともなるでしょう。)

「on-work」にセットされた時間の合計に若干のユーザンス(ボーナス)をつけたものを、その日の勤務時間と見做すことにすれば、本人と監督者の両サイドから見て、より効率的で公平な時間管理が出来ます。(同じように、従業員が常時使っている携帯端末も、「会社モード」と「プライベートモード」をボタン一つで切り替えるようにしておけば、外出時間も効率的に使えることになるでしょう。)

さて、結論です。

長年言われ続けながら実現出来なかった「テレワーク」が、いよいよ脚光を浴びる時期が近づいてきていることは、先ず間違いないように思えます。「ハード」「ソフト」「通信システム」「企業文化」「ユーザー心理」等々に含まれていた問題点が、ここ十数年で次第になくなりつつあるからです。

しかし、「コスト」、就中「通信コスト」は、なお問題として残っているかも知れません。これを解決する為には、「携帯ブロードバンドにおける健全な競争環境の整備」と「光の道」の両方が、同時に確実に実現することが必要です。

「光の道」構想については、「地方活性化」の側面も強調されていますが、「テレワーク」によって「会社の仕事をしながら年老いた両親の面倒がみる」「子供達を豊かな自然環境の中で育てる」等のことが可能になれば、その意義は更に拡大するでしょう。

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