NTTの「構造分離」について - 池田信夫

2010年05月18日 21:05

NTTの再編について、タスクフォースが「1年先送り」を決めたら原口総務相が「先送りしている余裕はない」とのべた。大臣就任のときには(おそらくNTT労組出身の内藤副大臣の影響で)「NTT再編なんて2周遅れの議論だ」といっていた彼が、この問題に真剣に取り組むのはけっこうなことだが、総務省の官僚でも若い人は、これがいかに複雑で厄介な問題かを知らないようだ。四半世紀にわたってこの問題とつきあってきた私としては、同じ失敗を繰り返してほしくないので、基本的な事項を確認しておく。


1984年に電気通信事業法ができて、翌年4月にNTTが民間企業としてスタートしたとき、最大の争点は経営形態だった。中曽根政権の第二臨調では、電電公社の分割・民営化が答申に明記されたが、電電公社は労使ともに反対し、最終的に分割を先送りして民営化をのむという全電通の方針によって決着した。

当時、私は真藤社長と山岸委員長に半年つきあったが、NTTの政治力の源泉である組織の一体性を守るという点で両者は一致していた。労組の中には(今の郵政と同じく)民営化反対論が強かったが、山岸氏は「ここで徹底抗戦したら国労のようにつぶされる」と組合員を説得して、民営化をのんだ。中曽根氏の模範としたサッチャー政権と同じく、NTT民営化の目的は組合つぶしだったので、これは正しい決断だった。

真藤氏は中曽根氏の意を受けて、NTTを合理化するためにいろいろな策を用いた。その一つが「第二電電」(現在のKDDI)である。当時32万人もいた社員を削減するには「仮想敵」が必要で、それは必ずNTTより少し有利な条件でクリーム・スキミングさせるが、NTTのライバルにはならない。日本テレコムは、中曽根氏が旧国鉄をつぶしたおかげで生じた余剰人員の受け皿で、もうけることを考えていなかった。日本高速通信は道路公団の道路利権で、最初からビジネスとして成り立たなかった。

AT&Tの分割のときは、ILECと資本関係を完全に切って構造分離されたが、BTはされなかった。今回のソフトバンクの主張は、連結子会社としてアクセス系を分社化するという話で、これは構造分離とはいわないし、法人格をわけただけでは全世帯にFTTHを強制することはできない。ソフトバンクは、NTT問題について基本的な知識が欠けているのではないか。

その後も1992年に電気通信審議会で経営形態が再検討され、長距離会社を分離しろという意見が出たが、NTTはドル箱だった長距離回線を守り、どうでもいい(と思っていた)無線を93年に分社化した。それが現在のNTTドコモで、親に見捨てられたことがドコモが起業家精神を発揮するモチベーションとなり、今日の携帯電話の発展の基礎となった。

それでも分割問題はくすぶり続け、1997年に現在の持株会社方式が決まった。当時は商法で純粋持株会社は禁止されていたが、98年に商法を改正するという前提でNTTを純粋持株会社にするという超法規的措置で決まったものだ。これを発案したのは西和彦氏(アスキー創業者)で、これを妥協案として斡旋したのは中山素平氏(興銀特別顧問)だった。

この持株会社は、当時はうまい妥協案と見えたが、結果的には失敗だった。臨調で想定されていたのは市内網と長距離網の分離だったが、このときすでにネットワークの主流はインターネットになり、そこには市内も長距離もなかったからだ。結果的には、電話時代の経営形態でインターネットの運営を行なうため、県間営業の禁止など奇妙な規制が行なわれ、NTTのネットワークはきわめて非効率である。

技術系の宮津社長は、この「ねじれ」に危機感をもち、インターネット時代にふさわしい再々編を行なうよう求めたが、逆に竹中平蔵氏(IT担当相)などが臨調の完全分割論を持ち出したため、「再々編の話は忘れてほしい」と撤回して、大混乱になった。その後、県間営業はなし崩しに認められたので、NTTとしては再々編する必要もなくなり、今はひたすら現状維持を求めるようになった。NGNも営業上は意味がないが、経営統合のための理論武装という意味が大きい。

諸外国を見ても光ファイバーを構造分離した例はなく、FTTHを全世帯に普及させる国もない。光ファイバーというのは業務用やケーブルテレビ用の特殊なインフラで、普及率は数%という国が多い。AT&TはFTTHを放棄してFTTC(アクセス系はDSL)にし、VerizonのFTTPはケーブルテレビ(RF)だ。NTTもFTTH単体では大赤字で、ビデオ配信で10年かけて黒字にしようという悲壮なプロジェクトである。NTTが構造分離に抵抗するのはFTTHがもうかるからではなく、インフラだけでは採算がとれない(ドコモが地域会社の赤字を実質的に補填している)という実態がばれるからだ。

そんなわけで、もはやNTTの光ファイバーを分離する意味はないし、ましてその国策会社が強制的に光ファイバーを全国に敷設するなんて「社内では笑い話」(NTT持株の社員)でしかない。それより彼らが恐れているのは、連結営業利益の8割をかせぐドコモを分離されることだ。そしてドコモの社員は、持株の植民地支配から逃れたいと思っている。

だから公正競争を実現するために構造分離すべきなのは、ドコモである。これはNTT法を改正して強制的に分離(100%株式公開)してもいいが、ベストなのは政府が持株を放出してNTTを完全民営化し、ドコモが株主価値を最大化するためにMBOすることだ。メインのインフラが無線になった時代には、構造分離のターゲットは光ファイバーではなく無線なのである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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