もうアバウトな議論は止めにしよう - 山田肇

山田 肇

原口総務相の「光の道」構想に連動する形で議論されていたNTT再編成問題は、一年先まで決着時期が引き延ばされた。

当然の結論である。90%の国民がブロードバンドを利用可能なのに30%しか利用していないという課題と、残りの10%にブロードバンドを整備する課題とを比較すれば、前者のほうが経済社会的なインパクトは明らかに大きい。前者に先に取り組もうというタスクフォースの方針は極めて妥当である。


すでに先の記事で指摘したように、30%を90%に引き上げるには電子政府、遠隔医療・健康管理、遠隔教育、コンテンツ流通など、ネット上のさまざまなサービスを阻害する制度(法律・規制・慣行・思い込みなど)を打ち破る必要がある。先の記事では遠隔教育を阻む壁について簡単に触れたが、電子政府の抜本的改革については、文部科学省科学技術政策研究所が発行する『科学技術動向月報』に論文を載せたので、参考にしていただければ幸いである。

さて、後者の90%を100%に整備する課題について、松本徹三氏・真野浩氏とアゴラ上で議論を重ねてきた。その結果、次の共通理解に達した。

・ 通信インフラの整備について正しい結論を得るためには、せめて大字(おおあざ)単位、できれば字(あざ)単位の分解能での基礎データが必要である。
・ それぞれの単位地域で、どんな技術・速度・価格でブロードバンドが利用可能か、現状を調べる必要がある。それではじめて「90%で利用可能」の正確さが判断できる。
・ それぞれの単位地域を光・無線・ケーブルテレビなどの技術で整備した場合、どのくらいの建設費と維持費がかかるかを調べる必要がある。それではじめて「全世帯に光を」が経済的に合理的か判断できるし、光が不合理な場合の代替技術にめどをつけることもできる。
・ このような調査には、当然のことながら中立性が要求されるので、有識者から支援を得つつ、総務省が直接実施すべきである。
今、交わされている議論には分解能と客観性が不足しているので、ブロードバンド整備政策について結論を出すのは時期尚早である。

もうアバウトな議論は止めにしよう。そんな議論では後々に禍根を残す恐れもある。その点で、米国におけるブロードバンド政策の立案過程は大いに参考になる。FCCは3月16日に「国家ブロードバンド計画」を発表したが、計画立案の根拠資料「Broadband Availability Gap」を最近公表した。151ページにわたるその資料には全米を郡の単位に区分して、ブロードバンドの整備状況・整備費用などを分析した結果が掲載されている。「100メガビットの無線ブロードバンドを基本とし、無線の届きにくいロッキー山脈エリアでは4メガビットのDSLを提供する」という国家ブロードバンド計画には、このようにベースとなるデータがきちんと存在するのだ。500メガヘルツ分の周波数を無線ブロードバンドに割り当てるのも、この計画を実現するためには不可欠なことだ。

国家ブロードバンド計画の要旨(Executive Summary)は和訳して情報通信政策フォーラムのサイトに掲載した。その中には次の提言も掲げられている。

・ ブロードバンドの価格と競争について、マーケットごとに詳細な情報を収集・分析し、基準価格を設定し、公表する。このことは、競争行動に対して直接的な影響力を与え得る(例えば、地域別市場全域にわたって価格設定の基準を定めることを通して等)。またこれによって、特定の地域やマーケット区分で競争が欠如しているときに、FCCや政府機関が適切な処置を施せるようにもなる。
・ ブロードバンド事業者に課す開示義務要件を作り出し、消費者が価格設定と実績の情報を入手して、最適なブロードバンドを提供する業者をマーケットで選べるようにする。透明性が増せば、サービス事業者が、実績に基づいて、顧客獲得のために競争するようになるだろう。

計画策定段階で詳細な分析を行ったばかりでなく、今後も継続的に市場をモニターし続けようというFCCの意思が、僕には読み取れる。

政府の役割は企業の経営形態に口出しすることではなく、競争的な市場が維持されるように努めることだ。わが国でも、NTTだけではなくすべての通信事業者に同じような情報開示義務を課すことで、競争環境が実現できる可能性がある。これは、今後タスクフォースで検討すべき事項である。

山田肇 - 東洋大学経済学部