NTT経営問題は、イノベーションの視点で- 小池良次

2010年05月20日 10:19

池田信夫氏がブログで「NTTの構造分離」という興味深いを考察を披露した。同ブログは、NTT再編問題の経緯を明快に説明しており、最終部分では公正競争の観点から『ドコモ分離』も提案されている。私は「NTTの光ファイバーを分離する意味はない」という分析に共感する一方、「ドコモ分離」については違和感を感じている。


結論から述べよう。私は、原口ビジョンの実現において、NTTの構造分離は必要ないと考える。また、同ビジョン実現には
1.NTTを放送通信融合ネットワークの構築へと誘導する(イノベーション促進の優遇処置)
2.同時に、融合ネットワークに対して厳しい開放規制を適用し、NTTを絶えず競争環境に置く(寡占の弊害を緩和する規制処置)
ための制度設計をすべきだ──と考えている。

■ NTTは民間企業である
まず、「光の道100%の実現」「日本xICT戦略による3%成長の実現」「ICTパワーによるCO2排出量の10%以上の削減」という原口ビジョンIIの実現に、なぜNTTの構造分離が必要なのか──という点に小生は疑問を持っている。

  1. 日本政府が構造分離を求める事の不可解
    政府が筆頭株主であり、NTT法によって縛られているとはいえ、日本電信電話は上場された会社である。公開株式会社である限り、株価の向上と増配により株主利益を高める責任がNTTにはある。もし仮に政府が株主の立場で、NTTに不採算地域への光ファイバー整備を強制すれば、同社の経営負担を増やすことになり筋が通らない。

    また、規制当局の立場からNTT法を改正し、構造分離を行うとすれば、独占禁止法違反などの正当な法的根拠がなければならない。もし仮に光アクセス網の整備を促進するためだけに、構造分離を強いるのであれば1984年に民営化した意味がなくなる。

    いずれの場合にせよ、アクセス部門を分離・公営化し、公共サービスの充実を日本政府がNTTに強制すれば、不採算部門の負担により一般株主に大きな被害を与えかねない。また、海外の投資家にも大きな失望を与えるばかりでなく、日本政府を相手とした株主訴訟の危険性さえある。

  2. 不採算地域の整備はNTTの使命ではない
    過疎地や離島などにブロードバンドを整備することは、地域社会の活性化につながり重要な政策課題であることは明白だ。しかし、これはNTT本来の役割ではない。ドミナントキャリアとはいえ、NTTが収益のあがらない不採算地域に投資すれば、株主の利益を損なうことになる。

    米国第2位電話会社、ベライゾン・コミュニケーションズは光ファイバー網の整備が約1800万世帯(潜在カバー率)に達する今年末で整備事業を終了する。筆者の試算によれば、同社は営業地域の3割以上について、現時点では利益が見込めないということから光ファイバー整備を行わない。業界トップのAT&TはライトスピードというFTTC(起線点までの光化)整備を行っているが、最近買収した旧ベルサウス地域についてはほとんど整備計画を発表しておらず、事実上放棄している。

とはいえ、通信事業のノウハウがない政府や地方公共団体が不採算地域のブロードバンドを整備することはむずかしい。そこで民間通信事業者に公的補助金を出して、不採算地域の整備をまかせることが必要だ。日本にせよアメリカにせよ、加入電話の整備ではユニバーサル・サービス基金(USF)がこの役割を果たしてきた。ブロードバンドにおいても同様の仕組みが必要だろう。民間企業であるNTTにUSFのようなインセンティブも与えずに、国が不採算地域の整備を強いてはならない。

原口ビジョンIIを実現するためには、通信業界への規制緩和によるイノベーションの促進と競争環境の整備こそ重要であって、NTTの構造分離は良い結果をもたらさないだろう。

■ 放送通信サービスを支えるには融合ネットワークが必要
放送通信政策において重要な視点は、イノベーション(技術革新)を促進させることにある。では、現在の放送通信がイノベーションで何を実現しようとしているのだろうか。それは放送・通信・情報処理を融合したサービスの実現であり、それを取り扱える融合ネットワークの構築である。

過去10年の間、デジタル通信やインターネットが先進国の通信業界を大きく変えた。単純に言えば、単体サービスの時代から融合サービス時代へと質的に変化させた。そのため通信ネットワークも単体ネットワークから融合ネットワークへの変化が求められている。

昨今、コンピュータで電話をしたり、携帯でテレビを観ることに驚く人はいない。区別がつきにくいが、これは端末の多機能化だけでなく、通信ネットワークが多様なコンテンツ(映像、音声、ソフトウェアなど)を取り扱えるようになったからだ。しかし、これらは融合サービスの入り口であり、融合ネットワーク整備の始まりに過ぎない。

単体サービスは時代遅れと言ったが、加入者電話のようにまだまだ私たちは単体サービスに依存している。融合サービスへの脱皮には時間かかる。たとえば、固定電話から携帯電話へユーザーが移動するように、利便性によって移行することが肝要だ。その場合でも、イノベーションを促進し、良いサービスを次々に出すことで、融合サービスへの脱皮を加速できる。だからこそ、通信政策においてイノベーション促進は重要性を増している。

一方、単体サービスは加入者が減少し、維持コストも高くなってゆく。米国では連邦通信委員会が2009年12月から加入者電話網の清算について本格的な検討が始めた。それに応じて、AT&Tなどが清算プランについての意見を表明している。日本もゆくゆくは、時代遅れの加入電話を清算し、All IP化された融合網に移る必要がある。その場合においても、融合サービスへの展望を明確にしなければ、消費者の負担を減らし、技術的にも効率的な清算は難しい。

公衆電話網の清算で気をつけたいのは、一般家庭や事務所につながるアクセス網を銅線から光ファイバーに変えたからと言って融合ネットワークはできあがらないことだ。いや、光ファイバー、無線、同軸ケーブル(CATV)など多彩な手段を地域環境やユーザーニーズにあわせて多重化して提供することが必要だ。多様なアクセスを複合的に提供できなければ、ユーザーは満足できない。

残念ながら、現在話題を呼んでいる構造分離や会計分離は単体サービス&単体ネットワークというアナログ通信時代の遺物である。これから必要になる通信政策は多彩な端末(携帯電話やテレビ、固定電話、各種情報家電など)で、知的なコンテンツ(娯楽番組やテレビ会議、医療診断や遠隔学習など)を提供できるように、制度面から支える必要がある。

たとえば、家で観ていたテレビニュースを途中で止め、電車に乗って通勤する間に続きを携帯電話でみる。会社に着いたら、仕事に関係するニュースをオンディマンドで呼び出し、同僚に転送する──と言った融合サービスの場合、光ファイバー網やDSL網(固定網)と携帯電話(無線網)を分け隔てなく制御し、しかもコンテンツを端末毎に最適化(サイズや解像度、操作性など)する技術も必要になる。また、コンテンツ提供者への適正な利益配分をおこなうための課金・集金システムも必要になる。

つまり、融合サービスを提供するためには、多種多様なアクセス網と幹線網を一度に制御する技術を通信事業者が共有する必要がある。All IP化はその前提条件であり、米国ではIMS(IPマルチメディア・サブシステム)で、日本ではTispan系NGNで、All IP化と制御システムの共有化を進めている。しかし、こうしたアクセス網の垣根を取り払うには、大きな資本投資と技術開発が必要になる。この点を政府が十分に理解し、長期的な視野にたってAll IP化や制御層(コントロール・レイヤー)の整備促進を制度面から支援する必要がある。

繰り返すが、「多種多様なアクセス網と幹線網を一度に制御する技術を通信事業者が共有」することは、通信業界にとって質的にも量的にも大きな変化をもたらすが、非常に大きな難題である。この難題を克服するためには、どのようなアプローチが必要だろうか。

■ 現実的にはNTTが融合サービスの担い手
通信市場には、大雑把に総合通信事業者と個別通信事業者というふたつのタイプが存在する。

NTTやKDDIのような総合通信事業者は、電話(携帯、固定)、データ(インターネット、専用線)、放送(IP再送信、デジタルCATV、衛星ほか)など複数の放送通信サービスを提供している。また、幹線網からアクセス網までを保有していることから設備保有事業者でもある。

一方、利益率が高い特定サービスだけを提供する個別通信事業者は、設備を持たない非設備事業者と、ソフトバンクのように必要な部分だけ設備を持つ半設備事業者に分かれる。

さて、日本でも欧米でも同じだが、融合ネットワークの構築という難題を克服するには、総合通信事業者が最短距離にいる。複数のアクセス網を持っている総合通信事業者は、経営トップの判断によって導入整備ができ、サービス開発も社内合意に依存できる。逆に個別通信事業者だけが集まって融合ネットワークを構築しようとすると、各社の経営方針が違うため利害対立が起こりやすく、技術的に可能でも時間と手間がかかってしまう。

日本の現状を見た場合、NTTは多彩なアクセス網を広く保有しており、潜在力としては米国の通信会社よりも優位な位置にいるといえるだろう。また、世界的に融合ネットワークの構築では携帯電話部門が制御システム構築の主役となる傾向にある。NTTグループの収益構造をみても米国よりも携帯依存度が高く、この点でも理想的だ。つまり、NTTグループの場合、融合ネットワーク構築はNTT東西ではなく、NTTドコモ主導にするのが理想的だ。まず、様々な融合サービスをドコモの端末で実現し、それを固定系にも展開することが投資回収的に見ても効率がよい。

細かいアプローチを度外視しても、現在の技術水準や規格の整備状況を見るとNTTグループ以外に、短期間で融合サービスを構築・提供できる事業者は日本にはいない。ちなみに「短期間」と言ったが、NTTいえども融合ネットワークの構築には10年以上の歳月を要する。

では、もしNTTを主役に選んだ場合、どのような環境を整備すれば短期間に融合ネットワークの構築ができるだろうか。

突破口は、放送業界と通信業界の垣根をなくすことだろう。NTTに放送事業を認め、放送番組を加工・付加価値化して融合ネットワークで消費者に提供する。その場合、テレビ局から適切な料金で番組を調達できる環境が必要だ。この放送業界へのコンテンツ開放指導は、テレビ業界の死命を左右する大問題であることは私も承知している。しかし、現在のように放送を地上波ネットワークに縛り付けているかぎり、放送・通信の融合サービスは実現しない。

■ 融合サービスには、ネットワークのオープン(開放)規制が重要
NTTが融合ネットワークの担い手になった場合、市場支配力をさらに高めることになり、独占の弊害が懸念される。これを解決するには、ネットワークの開放規制を強化する事が重要だ。

もちろん、NTTが構築した融合ネットワークをKDDIやソフトバンク、あるいはCATVなどのサービス事業者に開放することは容易ではない。NTT西日本で起きた顧客情報の漏洩・不正使用が示すとおり、NTT内には独占的地位の乱用に対する誘惑が常に潜んでいる。これを社内だけで適正管理することは難しく、監督官庁による外部圧力は欠かせない。実際問題として、広範なインタフェース情報の開示や適切なコスト算出、事務処理の透明化などは、過去においても現在のおいても常にトラブルを引き起こしている。

しかし、寡占の弊害を嫌って構造分離などを行えば、融合ネットワークの構築がうまく行かず、長期的には消費者が損をする。この点、イギリスは分離分割政策を進めた。そのため単体サービスの料金は下がったが、通信事業者は体力を落とし、総合通信事業者はいなくなった。おかげで、光ファイバーの整備や次世代無線ブロードバンド構築といったイノベーション投資が進まない。これは制度論に偏り、イノベーションを忘れた失敗例とアメリカでは認識されている。だからこそ、米国はアクセス網の分離とは違う道を模索している。

現在、AT&Tやベライゾン・コミュニケーションズ、コムキャストやタイム・ワーナー・ケーブルなどの大手電話/CATV会社は、こぞって融合ネットワークの構築を進めているが、寡占による弊害も問題になっている。今年3月に発表された全米ブロードバンド計画(NBP)においてブロードバンドの規制強化が重視されているのも、こうした背景がある。米国はNBPでブロードバンドの国際競争力強化を打ち出すとともに、弊害の緩和として電話並みに厳しい規制をブロードバンドに加えようとしている。

また5月初めには、第3の道(The Third Way)というステートメントをFCCが発表し、非規制分野だったケーブルテレビ業界に対して、限定的だが規制導入を提示している。これらの動きは、ネットワークの運用から料金、契約内容など多岐にわたるもので、融合サービスを提供する大手事業者を厳しく監視する内容となっている。

米国の場合、放送と通信の垣根撤廃は既に終わっており、過去10年に渡ってトリプル・プレー競争を続けてきた。おかげで、融合サービスでは世界最先端を走っているが弊害も厳しく、規制当局はブロードバンド規制の強化を世界に先駆けて打ち出した。日本においても、融合サービス、融合ネットワークの構築を進めるのであれば、NTTに対する規制強化、特に開放規制は避けて通れない。

話をまとめよう。原口ビジョンの実現について、私は次のようなアプローチが適切と考える。

  1. 都市部(情報通信大消費地)のICT利活用を促進するため、NTTに高度な融合ネットワークを構築させる必要がある。その突破口として、放送業界に対するコンテンツ開放促進を平行的に進めなければならない。

  2. 東西(固定アクセス網)にせよドコモ(無線アクセス網)にせよ、構造分離と言ったアナログ時代の通信規制をNTTに押しつければ、融合サービスの実現は遅れ、消費者が不利益を被る。また、日本の国際競争力も向上しない。
  3. NTTの融合ネットワークに対しては、広範な規制強化(設備・サービスの開放・料金・契約内容など)を行う。一方、競合他社に対しては、オープン規制によるサービス開発を促進できるような規制緩和を行う。(非対象規制)
  4. 僻地や離島などの不採算地域については、政府がユニバーサル・サービス基金の改革などを進め、民間通信事業者が整備に乗り出せるような規制緩和をおこなう。また、不採算地域の整備においては、有線(光、同軸など)・無線(LTE、WiMAX、衛星など)を問わず様々なアクセス手段を状況に応じて提供する。光ファイバーだけ、あるいは無線だけと言ったアナログ時代の整備意識は、融合サービス時代にそぐわない。

                         ◇◇◇
この世の中には、万病に効く薬はない。副作用のない薬もない。課題は、薬の効果を引き出し、副作用を抑える調合法を見つけ出すことにある。

NTT再編や構造分離に関する議論も同じだ。目標は「どこでもだれでも好きなコンテンツやサービスを利用できる」高度融合サービスを実現する事にある。NTTという薬が副作用(寡占弊害)を持つからと言って投薬をやめるれば(構造分離)、患者(高度融合サービスの実現)は死んでしまう。

アメリカから見ると、原口ビジョンは日本が高度融合サービスに取り組む姿勢を鮮明にした新鮮な提案だ。一方、構造分離問題ではICTタスクフォースが1年の検討期間をおいた。期間の長短は別として、早急な結論を回避した点は素晴らしい。残された期間、構造分離といったアナログ時代の議論はやめて、イノベーションを促進するための妙薬をぜひ調合して欲しい。
小池良次 在米ジャーナリスト)

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