「光の道」とNTTの構造分離問題 - 松本徹三

2010年05月24日 11:20

小池良次さんの5月20日付の記事を大変興味深く読みました。非常にレベルが高く、ポイントもついています。小池さんのような方と一緒に、日本の通信情報サービスがどうあるべきかを徹底的に議論出来るかもしれないという期待を持つに至りました。


しかし、小池さんが見落としておられることも多く、また、日米の違いを早い時点から議論の重要なファクターにしておかないと危険があるという思いも強く持ちました。今回は取りあえずその第一回目の議論として、次に続けたいと思います。

私を知って頂いている方には重複になりますが、小池さんはご存じないと思いますし、他にもご理解頂いていない方も多いと思いますので、本論に入る前に、私の立場をもう一度明快に表明させて頂きます。私はたまたま現在ソフトバンクモバイルの副社長をしておりますが、私の最大の関心事は「日本に理想的な(米国をはるかに超える)情報通信サービス環境を創ること」であり、その基本としての「日本の情報通信インフラのグランドデザインを考えること」です。

そもそも、私が極めて居心地のよかったクアルコムをやめてまでソフトバンクに来たのは、そして70歳になった現在もなお仕事をしているのは、「NTTに頼っている現状では将来に飛躍はない。(ここで飛躍せねば、日本は将来に禍根を残す。)この状況を変えるためには、孫正義さんのような『大胆な発想』と『人並外れたエネルギー』を併せ持った人が突破口をつくってくれることに期待するしかないのではないか」と考えたからに他なりません。

孫さんが私を誘ったのは、「モバイル事業を始めるにあたって何らかの役に立つかもしれない」と考えてのことでしょうから、それはそれで少しぐらいは貢献せねば申し訳ないとは思っていますが、私にとっては、それは副次的な目標でしかありません。ソフトバンクに勤めていることが、前述のような私の最終目標にとってマイナスになるなら、その時はソフトバンクを辞めるしかないと思っていますし、何時でもその用意はあります。

ソフトバンクに在籍している限りは、「明らかに会社にマイナスになるような議論」は出来ませんが、当面はその心配はなさそうなので、アゴラでは、自分の個人的な考えを特に気を使うことなくそのまま書いています。

さて、小池さんは「NTTに構造分離が必要なら、1984年のNTT民営化の時にするべきであった」とおっしゃっておられますが、失礼ながら、これはその当時に起ったことについてあまりご存じない故のお話と思います。

NTTについての議論は臨調の流れを汲むもので、「先ずは民営化、それから、競争環境をつくるために分割」という合意が先ずなされました。その後、「分割論」は日本を二分する大議論となりましたが、1996年の時点で「実質骨抜き」の政治決着がなされたものです。

何故このような決着になったかについては、本質的にはNTTの集票力を失いたくなかった族議員の力が大きかったのですが、勿論、論理的な背景もありました。そのことについては、「NTT持株会社は本当に必要だったのか?」と題する、私の2009年6月5日付、及び6月8日付のアゴラのブログ記事で詳説していますので、是非ご参照いただきたいのですが、結果論としては、その論理的背景の全てが根拠のないものだったことが、今となっては分かっています。

それから10年を経た2006年には、通称「竹中懇」によって、あらためて「NTTの分離分割問題」が議論されましたが、結局は当時の片山虎之助郵政大臣の鶴の一声で、2010年まで凍結が決められました。これもNTTの工作とそれに呼応した政治的配慮故です。

こういうわけですから、1996年の時点からこの問題を考えてきた私のような人間にとっては、今回もまた例によって「骨抜き、先送り」を画策している人達に対しては、「いい加減にしてくれ」と声を荒げたくなるのもご理解いただけるでしょう。

NTTの組織防衛派の方々や、あまり過去の歴史をご存知でない人達は、「また分割論か? もういい加減にしてくれ」とおっしゃっていますが、常に「先送り」されている議論がいつまでも繰り返し出てくるのは、止むを得ないのではないでしょうか?

それ故に、池田先生や山田先生などの、「NTT問題などよりも、周波数の問題、放送業界の問題の方が重要だから、今はNTT問題などにかまけているべきではない」という議論にも、私は強く反発しています。

「どちらも重要なのだから、両方やればよいではないか」というのが私の考えであり、「それとも、NTT問題は1996年の『骨抜き政治決着』が『理想的な最終解』だったのであり、もう永久に一切議論する必要はないとおっしゃるのですか?」というのが、私の池田先生や山田先生に対する問いかけです。

NTTの各方面へのオルグの尋常ではないレベルですから、私はついつい疑ってしまうのですが、両先生をはじめNTTに気兼ねしておられる可能性のある各界の有識者の皆さんは、この際是非ともこの気兼ねを捨てていただきたいと思います。

池田先生を含め、NTTと常日頃からコミュニケーションのある人達は、「政治力学上、そんなことが出来るわけはない」「非現実的だ」とおっしゃるのですが、そういう言葉を聞けば聞くほど、これが「日本の通信情報産業の基本的な病根」をあらためて指し示しているように私には思われ、どうしてもここにメスを入れなければならないという思いを強くする次第です。

「どうあるべきか」を考える前に「政治的なパワーバランス」を考えて、そこで議論を収束させてしまおうとするのは、どう考えても堕落です。日本の情報通信の将来を、何時まで経っても何も変わらない「淀んだ大河」に、これ以上委ねているわけには行きません。

誰が言い出したことかは知りませんが、「もし『国』が構造分離を強行しようとするなら、NTTは『憲法で保証された財産権の侵害』であるとして訴訟も辞さないであろうし、そうなれば決着には3-4年はかかるだろう」という話も流布されていますが、これも信じられないような話です。

そもそも現在のNTTの最大の株主は「国」です。この訴訟は「NTTの現在の経営陣が、最大の株主でもある『国』を訴える」という前代未聞の話です。

もしこの話を流布しているのがNTTの経営陣であるのなら、彼等は自分達を何様だと思っているのでしょうか? 彼等は、株主から経営を委託された「雇われマダム」に過ぎません。「雇われマダム」が「雇い主」を訴えるというのですから、私がもし「雇い主」なら、直ちにその「雇われマダム」を解雇するだけの話です。従って、この話は、3-4年はおろか、一瞬でケリがつきます。

要するに、この問題は「国」の問題なのです。国には「国民の利益を考える」という立場と「NTTの株主」という立場がありますが、その両方を勘案して一旦結論を出したら、それは「国の意志」であり、自動的に「NTTの最大の株主の意志」ということになるのです。

NTTは、現状では小池さんが考えておられるような「普通の株式会社」ではありません。「『公益的な仕事』や『自然独占に近い仕事』をも包含した巨大組織」であり、「国が最大の株主である特殊な会社」でもあるのです。従って、NTTが国の政策に関係する議論に絡む場合は、経営者は間違っても「自らの組織防衛」の観点からこれを議論してはなりません。

このような問題に関しては、NTTが最大の「関係者」なのですから、真っ先にこの議論に参画すべきは当然ですが、その議論の中で論じるべきは、あくまで「国の為にはこうするのがよい」「自分達はこういうことをする力を持っている」ということでなければなりません。現在のように「難しい」「時間がかかる」と、ひたすら後ろ向きの事を言うばかりでは、その「能力」を問われることになっても止むを得ないでしょう。

また、「『経営情報秘匿』の必要性を盾にして、議論のベースとなる数字を開示しない」等ということがこれからもしあるとすれば、これは完全なサボタージュであり、厳しく糾弾されて然るべきです。ちなみにNTTがしばしば口にする「普通の会社として、経営情報を秘匿するのは当然」という議論こそが、「『普通の会社』であるべき部門と公益的な部門を分離すべき」という、構造分離論の最大の論拠の一つでもあるのです。

ところで、そもそも「財産権の侵害」とは何なでしょうか? 1996年の時点ではNTTの株主である当時の大蔵省が「株価の下落」に対する強い懸念を表明したのは事実です。「端株処理の為に損失が生じる」といった細かいことまでが議論の対象になりました。しかし、その時でも「財産権の侵害」などということを言った人はいませんでした。

私自身は「NTTが『公益的な側面が強い0種分野』を分離することは、所謂『コングロマリットディスカウント』(2009年6月5日付のアゴラ記事参照)を解消して、分離独立した両方の組織の収益性を高めるのみならず、NTTの将来の自由度を高めることにも役立ち、現在のNTTの株主にとっては極めてよいニュースである」と確信しています。しかし、そのことをここで声高に主張し、性急に結論を求めるつもりはありません。こういった問題は、あらゆるファクターを分析した上で、専門家がじっくりと議論すればよいことだからです。

しかし、詳細を何も検討しないうちから、「そんなことをすればNTTの株価は暴落する」と決め付けるのは、明らかに間違いです。十分な議論を尽くす前に、さしたる根拠もなく何かを言い立てること自体が、良識を疑われることです。

日経新聞によれば、海外のあるアナリストが「そんなことになればNTTの企業価値は1/10に下がる」と言った由ですが、この見識のお粗末さはまさに超弩級であり、出来ればそのアナリストの名前が知りたいものです。1/10になるような可能性は誰が考えても皆無でしょうから、日経自身にいささかでも見識があったなら、このようなお粗末なコメントをわざわざ取り上げることはなかったと思います。

ところで、私が今回の小池さんの議論を高く評価するのは、小池さんが、「新しい時代における日本の情報通信サービスの『グランドデザイン』はどうあるべきか」という観点からこの問題を議論されておられるからです。(私自身も、常にそういう観点からものを考えているつもりです。)しかし、小池さんには、「0種」とも呼ばれるべき「通信システムの『伝送路』を構築・運営する部門」と、NGNに代表されるような「通信システムそのもの構築・運営部門」を分けて考える視点が欠落しています。実は、これこそが極めて重要なポイントなのですが…。

この点の理解の欠落は、池田先生の議論にも繰り返し見られます。「有線か無線か」、「光かメタルか」というのは「伝送路」の問題であり、これに対して、「交換網かIP網か」「モバイルかWiFiか」というのは通信システムの問題です。池田先生はしばしばこれを混同され、「これからは無線ブロードバンド、IPの時代であり、光(FTTH)は時代遅れだ」という珍奇な議論を展開されます。

「これからの流れ」が何かということなら、
1)バックボーンとなるシステムは交換網ではなくてNGN(コントロールされたIP網)
2)伝送路は有線システム(「メタル」ではなくて当然「光」)と、様々な無線システムの組み合わせ
というのが正しいのです。
この基本的な考えをベースにして、国のあるべき通信インフラのグランドデザインを考えていけば、間違えることはないでしょう。

既に何度も説明しているように、この世界の殆どの通信システムの「伝送路」部分は、衛星通信を除いては、全て「有線」と「無線」の組み合わせから成り立っています。そして、どのような組み合わせがよいかを検討するに当たっては、それぞれのケースの「ニーズ」と「環境」を勘案して。「最良のコストパーフォーマンス」を考えていけばよいのです。

(私は、人口が密集していることで米国等とは相当異なる日本では、「幹線網は勿論、アクセス網も100%光回線(FTTH)を基本とし、これにモバイル(3G/4G)とWiFiを組み合わせていくのがよい」という考えですが、全ては「ニーズ」と「コストパーフォーマンス」の検証次第ですから、ここで性急に結論を求めるつもりはありません。)

私が小池さんの議論を評価するもう一つの理由は、先ずは原口大臣の掲げる「理想」を肯定した上で、その具体的な実現方法を論じている点です。一言で言うなら、小池さんは「この理想の実現はNTTにやってもらうしかないが、その為にはNTTの構造分離は不必要(無関係)であり、かくかくしかじかすればよい」と論じておられるかのように思えます。

私はこういう議論の進め方自体には賛同するものですが、ここでも、小池さんの事実関係の認識が不十分であるが故に、「結論は誤っている」と言わざるを得ません。

ユーザーに対して最終的なサービスを提供するために必要な構成要素を分析してみると、
1)物理的な伝送路(光、またはメタルのケーブル)やアンテナ施設用の鉄塔など
2)それを利用する通信システム(例えば「NGN」とか、それによってサポートされる将来の「モバイル通信網」など)
3)その通信システムをプラットフォームとして利用する諸サービス
の三つに分解されます。
(「諸サービス」には、勿論、現在の「放送」を代替するサービスも含みます。)

次に、そのそれぞれにおいて、どのような競争が可能であるかを考えてみましょう。
理論上は
1)については、独占に近い寡占、或いは実質的な独占。
2)については、相当の寡占。しかし、3-4社による熾烈な競争が可能。
3)については、比較的自由な競争が可能。
ということになるのではないかと思われます。

しかし、実際にはどうでしょうか? もし1)をNTTが実質的に独占する形になると、競合他社のNGNは、場合により展開不可能ともなりかねず、そうなると、2)もNTTの独占に近い形にならざるを得ません。そして、もしNGNがNTTの独占に近くなると、「NTTバージョンのIPv6が有利になる」等の理由により、3)もNTTに囲い込まれる恐れがあります。つまり、独占ないしは寡占の「連鎖」が起るのです。

従って、1)と2)と3)は、どうしてもあらかじめ切り離しておく必要があります。小池さんは、「独占の弊害が出てくれば、その時点で独禁法によって対処すればよいではないか」というお考えのようですが、それでは手遅れになります。

そもそも通信事業というものは、どの国でも、もともとは「国営企業による独占」だったものを、近年になって「国家政策として人工的に競争環境を作り出す」努力してきたというのが実態です。つまり、「独占回避」は、「事後の仕事」ではなく、将来を見据えての「戦略的な仕事」なのです。

(総務省は2007年度の時点で、2)と3)の分離については相当意欲的に取り組みました。しかし、1)と2)の分離は、政治的な問題になるため、手の付けようがなかったのではないかと思われます。)

従って、今後出てくる「高速通信網の存在を前提条件とする種々の情報通信サービス(クラウド型のサービス)」において、真の公正競争環境を作り出そうとするなら、NTTの構造分離は「不必要(無関係)」どころか、「どうしても避けては通れないもの」となるのです。

更に言うなら、1)と2)を分離することは、技術的にも経営管理的にも比較的容易であり、この「分離」が「不適切である」と論ずることは、相当困難であろうと考えざるを得ません。NTTがもしこれを「不適切」と考えているなら、その技術的問題点と経営管理的問題点を具体的に示すべきです。そうでないとまともな議論が出来ません。

ここで、議論はやっと半分です。しかも、ここまでの議論は、「公正競争環境確保の必要性」という「これまでの議論の復習」に過ぎず、原口大臣の「光の道」のイニシアティブとは何の関係もありません。しかし、これ以上議論を進めるとあまりに長くなりますので、今回はここで一旦筆を止め、続きは次回に回したいと思います。

次回は、「何故『光の道』が必要なのか?」「何故ソフトバンクの孫社長がこれについての具体案を出しているのか?」「孫社長の提言は実現可能なのか?」「それを検証する為にはどうすればよいのか?」について、本質的な議論をします。2-3日以内に出稿したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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