iPadにおける引き算の美学 - 小川浩( @ogawakazuhiro )

2010年06月04日 09:46

昨日、初めてiPadを利用して実際に(プロジェクターを使って)プレゼンを行いました。
僕たちには恒例になっている、月例のアップルストア銀座でのWBS2.0( #wbs20 )という、IT業界の最新情報等をお届けするイベントでのことです。

ちなみにアップルストア銀座でも、iPadを実際にプロジェクターにつないでのプレゼンテーションは初めてだったとのこと。MacでのKeynoteを使ったプレゼンも僕が第一号だったようなので、いつかiPhoneでプレゼンができるようになったときも、僕が第一号になりたいと思いました(笑)。

さて、本題です。


今回はプレゼン資料自体をiPadのKeynoteで作成したのですが、Mac版のそれと比べるとかなり少ない機能と、自由にフォントを追加できないことから、文字の見た目にこだわれないという不満に最初は陥りました。

しかし、作り進むうちに、それらの制限が、逆に自分の工夫を生んでいることにも気がついたのです。
iPadはMacBookと比べれば画面は小さいですが、より目線を近づけて全体を把握することができるし、なによりデータやオブジェクトに直に触れることができることの楽しさは、これまでのコンピューティングにはなかった快感です。

iPadのKeynote、そしてiPad自体が、機能ややれることを少なめにしていることによって、その不自由が発想の自由を生んでいる、そう感じました。
iPad版に比べると、Mac版のKeynoteが、MSのPowerPointと同じように、不要な機能をつぎこみすぎたんじゃないか、豪華に盛り込みすぎたせいで本来のシンプルさを失いつつあったのかもしれないとさえ思ったのです。

プレゼンテーションという行為自体が、聴衆になにかを伝える行為であり、コミュニケーションです。Twitterのようにシンプルなツールが流行しているいま、ガジェットも、ソフトウェアも、よりシンプルにダイレクトにあるべきなのかもしれません。
コミュニケーションにおいて戒めるべきは、情報を盛り込みすぎることです。情報が足りなくても人の興味を引くことはできますが、情報があふれると脳は受け入れを拒否して、結果として退屈を生みます。足りない方がちょうどいい、そもそも言いたいことを100%を伝えきるのは難しいことです。短い方がいいのです。

iPadは、そういう当たり前のことを、直感的に教えてくれます。
その意味でも、iPadは、非常に人間に近いハイテクガジェットなんです。
老若男女を問わず、触れるだけでにっこりする。そんなツールは日本には久しくありませんね。

素晴らしい。手放しで褒めたいと思います。

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