「光の道」とNTTの構造分離問題(補遺-2) - 松本徹三

2010年06月10日 09:11

月曜日のコラムの続きです。今回は、「NTTの既存組織から分離された新会社の経営」について、池田先生等から提示された疑問に対する回答と、技術的な問題の再説を致します。

分離された「アクセス回線会社」の経営の問題

ソフトバンクが現在提案しているのは、「NTTの既存会社から、0種(路線)部分を担当している部署をそのまま分離し、この新組織を『あらかじめ合意された新しい経営理念と事業計画』に基づいて運営させる」ということなのですから、経営するのは、普通なら、当然、現在その部署を経営している人達であるべきです。

尤も、その人達が「自信がないので辞退する」というのなら、新しい経営者を選ぶしかありませんが、適格者はいくらでもいるでしょう。池田先生は昨日のブログで、「社長が出来ないと言ったら出来ない」とおっしゃっておられますが、これは何かの勘違いでしょう。会社の決定機関は取締役会であって、社長はそれを実行するために雇われた使用人に過ぎません。「出来ない」と言ったら解雇するだけのことで、「出来る」と言う人に経営を任せればよいのです。

ちょうどよい機会なので、この場を借りて、池田先生の他の勘違いも正し、他の疑問にもお答えしておきます。ソフトバンクが提出したのは、「光の道」実現のための一つの試案(たたき台)に過ぎません。それがそのまま国の政策になる等ということは先ずないでしょう。これをベースに色々な検討を加え、却下するか、一部修正して採用するかは、国(総務省だけではなく、株主である財務省も絡むのでしょうが)が決めることです。そして、一旦決まれば、それは国の決定です。

これによってNTTは分割されるのですから、当然NTT法が国会決議によって改正されなければなりません。新たに生まれる「アクセス回線会社」は、こうして改正された新しいNTT法によって規定される「特殊な会社」になります。この会社の株式は、設立されたその日には、当然、現在のNTTの株主(33.7%は国)が直接(持ち株会社を経由せず)保有することになりますが、遠からず市場で売買されることになるのですから、日を追うにつれて株主構成が変わってくるのは当然です。

国がこの「アクセス回線会社」の株を売るか、或いは買い増すかは、いろいろなファクターを考慮に入れて、国が「政策」として決めればよいわけですが、現実的には、「国は、一定の期間は、持ち株の売却も買い増しも行わない」ということをコミットするのが妥当ではないかと思います。公表された事業計画と、このような国のコミットメントを見た投資家は、国債を買うような感覚でこの会社の株式を買い、一方、残された持ち株会社は、「自由度が増すこと」を評価する投資家によって買われるでしょう。最終的に二つの会社の株価がどのように動くかは、市場の判断に任せるしかありませんが、それまでの既存株主は両社の株を以前と同じ比率で所有することになるのですから、とりあえず利益を害されることにはなりません。

ソフトバンクの試算によれば、新しく誕生した「アクセス回線会社」は長期的には安定した収益が上げられることになっていますが、最終的に国が作る事業計画がどうなるかは現時点で推測することは出来ません。しかし、はっきりしていることは、この事業計画が見込みのないものであれは、国はこの方向に進む決定はしないだろうという事です。言いかえれば、その場合は、国は別の方法で「光の道」の実現を試みるか、または、「光の道」構想自体を修正、或いは断念するしかありません。

仮に現在提案されている通りにこの会社が成立したとすれば、それは「公設・民営」の「特殊会社」と見做されるのが妥当でしょう。新NTT法によって成立するのですから、現在のNTT持ち株会社同様、「普通の会社」ではありません。

或る方から、「新会社は、計画経済に基づく会社なのか、市場原理に基づく会社なのか」というご質問を頂きましたが、その答えは当然前者です。現在の日本は、「市場原理主義」をベースとして経済運営を行うべきではありますが、一部の分野で「計画経済的手法」を導入するのは、当然「あってよい」というか、むしろ「あるべき」ことだと思います。これは諸外国でも全く同じです。

しかし、経営効率を上げる為に、この会社は「民営」とすべきでしょう。これも、現在のNTT持ち株会社と同じです。但し、今回の「アクセス回線会社」は、「設備の効率的な建設」と「公正競争の実現」を主眼として創られるものですから、先ずは取締役に、三浦さん、小野寺さん、孫さん、千本さん等を迎え入れ、その上で、NTTが「実務に詳しい」として推す人を、社長に任命するのが順当でしょう。(社長に推された人が辞退するのなら話は別ですが…。)

さて、こうして成立した新会社の取締役会、及び取締役会が選任した社長以下の経営者がコミットしなければならないのは、新NTT法で規定された諸原則、例えば、下記のようなことです。

1)合理的な理由がない限りは、当初に定められた5ヵ年の事業計画や設備計画などを変えない。
2) 全ての経営を完全にガラス張りにし、全ての購買を入札にする。
3) 同社が提供する設備の使用料(保守費を含む)については、コスト・プラス・フィーによって計算して、これを公開、どの事業者に対しても差別なく提供する。(利用者に直接提供することも可能とする。)

しかし、このような「新NTT法で規定されたこと」の遵守義務があることを除いては、あとは通常の民間会社と何ら変わることはないのですから、経営者にそれなりの経営手腕が期待されるのは当然です。とにかく、池田先生が心配しておられるように、「経営主体がはっきりしない」とか、「素人が経営する」とか、「官営企業によく見られるような不効率な経営になる」というような事は起りえないと思います。

最後に、「ソフトバンクにそれ程自信があるのなら、ソフトバンクがこの部門を買収し、自ら経営すればよいではないか」という、池田先生を含む何人かの方々のお考えについては、「原則論に反する」が故に、特に論評するにも値いしないと考えます。

そもそも、何故「NTTのアクセス部門の分離」が必要かといえば、それが「自然独占」に近くなる宿命を持っているからであり、従って、「多数の通信事業者が公正無差別に利用できること」が保証されなければならないからです。もし「純粋に利益を追求する立場にある普通の私企業」であるソフトバンクがこの部門を買ってしまえば、この目的は達成され得ません。一方でこの「大原則」を主張しているソフトバンクが、自ら買収を画策すれば、「それは自己撞着である」として、世の指弾を受けるでしょう。

技術問題の再説

技術的な問題については、想像以上に多くの方から色々なご意見を頂きましたが、基本的な理解のレベルがまちまちなので、先ずはそのあたりから整理してみたいと思います。多くのことが繰り返しになりますし、よく技術を理解しておられる方から見れば、入門書レベルの話ばかりですから、特にご興味のある方以外は、ご遠慮なくスキップしてください。

通信システムというものは、色々な「環境」で、色々な「目的」のために、色々な「機器」を使って、色々な人に利用されるものです。従って、この辺をきちんと整理しないで、いきなり「FTTHがよい」とか「「無線の方がよい」とかいうのは、そもそも全く意味のない事なのです。

まず「環境」ですが、これは、

1) 固定環境(家や職場。)
2) 純固定環境(空港、鉄道の駅、バスストップ、学校、ホテル、飲食店など、人が長時間にわたって滞留するところ。これを「ホットスポット」と呼ぶことが多い。)
3) 移動環境(その他の色々な場所。走っている車や電車の中を含む。)
に分けるのが適当でしょう。

次に「目的」ですが、これは、

1) 電話
2) メールや簡単なウェブ検索
3) 動画を含む大量のデータファイルのダウンロードやアップロード
4) 動画や音楽などのリアルタイムのストリーミング
程度の分けておけばどうでしょうか?

最後に「機器」ですが、これはとりあえず、

1) 無線通信機能(Mobile and/or WiFi)を備えたもの
2) 有線通信機能または放送受信機能は持っているが、無線通信機能を持たないもの
の二つに分けておくこととしましょう。

今や日本中の殆どの人が持っている携帯電話機についていうなら、「機器」は当然1)であり、「目的」は、現状では、80%程度が、1)と2)、「環境」も、80%以上が、1)と2)だと思われます。しかし、将来は、「機器」と「環境」は同じでも、「目的」の半分以上が、3)と4)になると思われ、必要な設備投資に大きなインパクト与える通信量(トラフィック)でいうなら、将来は、3)と4)が「目的」の99%近くを占めることになるでしょう。

次に、「通信システム」そのものを分類してみると、「有線システム」が基幹ネットワークとして存在し、これは下記の二つに大別されます。

1) 直接端末機器につながっているもの
2) 無線システムをサポートしているもの

一方、「無線システム」の方は、その殆どが「有線システム」でサポートされています。(「衛星システム」が唯一の例外。)

また、無線通信システム(放送システムを除く)は、「一箇所から発信される電波がどのくらいの広さをカバーするか」(従って「何人ぐらいのユーザーを同時にサポートするか」)によって、下記のように分類されることがあります。

1) WAN (“W”はWideの意味で、WANはWide Area Networkの略です。現在の携帯通信システムはこれに該当します。)
2) MAN(”M”はMetropolitanの意味で、比較的新しいコンセプトですが、「小さな基地局が密集する都市部でのデータ専用の携帯通信システム」のイメージです。)
3) LAN(”L”はLocalの意味で、WiFiが典型的な無線のLANです。WiFiについては、「有線通信の最後の10-20メートルのソリューション」と考えるのが素直でしょう。)
4) PAN(”P”はPersonalの意味で、人間の周辺にあるコンピュータデバイス間を結ぶ無線通信リンクを意味します。典型的な通信距離は2-3メートルです。)

「光の道」に関する議論では、しばしば「無線ブロードバンドは能力的に光通信を凌駕することもあるかもしれない」ということが言われていますが、「どういう技術(機器)を使い」「どれくらいの距離を飛ばして」「何人の利用者が使うのか」ということの説明がないと、こういう発言には全く何の意味もありません。

(尤も、これは何度も申し上げていることですが、「情報を低周波の電磁波に乗せて空中に拡散し、多くの人がそれをそれぞれに利用する」システムが、「情報を高周波(光)に乗せて、干渉を受けないようにチューブの中に閉じ込めて送る」システムに勝てることは、常識的にみれば考えられないことです。)

一般に、無線通信の能力(スピード)は、「技術」「周波数帯域幅」「セルサイズ」の三つのファクターによって決まりますが、「技術」は、既にシャノンの法則の限界値に近づきつつあり、今後の対周波数効率の改善は、せいぜい数倍程度にとどまると思われます。また、「周波数帯域幅」については、今後、国が「割当ての再編」等によって色々な効率化を考えてくれたとしても、これまたせいぜい数倍になるというのがやっとでしょう。

従って、これから最も大きく無線システムの高速化に貢献するのは、「セルサイズ」の小型化(WAN からMAN へ、更にはLANへ)であるに違いありません。(これは数十倍の効果をもたらす可能性があります。)

しかし、皮肉なことに、セルサイズの小型化は、そのまま「それを支える有線通信網を充実しなければならない」という事につながるのです。つまり、「ホワイトスペース」等の導入によって、今後WiFiのアクセスポイントが全国で数百万箇所という規模にまで増大されたとすれば、それを支える光回線網もそれだけ充実させなければならないという事なのです。

これは「光回線無用論」を唱える人達にとっては、「極めて不都合な真実」です。何故なら、WiFiという「現状で最も効率のよい小セル無線システム」の増加は、「光通信網を代替してその需要を減らす」どころか、逆に「光通信網の需要の増大」をもたらしてしまうのですから。

このように、「光の道」に関連する技術的な反論としてしばしば使われる「無線万能論」は、「今後は無線通信機能を搭載した端末が増えてきて、人々が色々な環境でこれを使うようになるから、光通信網など要らなくなる」といった類の「『環境』と『機器』と『目的』をごっちゃにした、極めて初歩的な勘違い」に基づく議論が殆どですから、とても真面目な論評に値しないというのが正直なところです。

これに対し、「これから施設されるべき光通信網のあり方」についての議論は、もっとプロフェッショナルなものが多いようです。

尤も、「100Mbpsなんて何故必要なの?」という議論や、「先ずは何に使われるかを見極めるべきで、設備はそれに合わせたものにすればよい」といった類の議論は、これまた、特に論評するに値しません。何故なら、「現時点で想像出来るような使用のされ方」に合わせて施設をつくれば、早晩それがパンクするのは理の当然だからです。これまでの経験に即してみても、利用方法の変革は、通常、人の想像をはるかに超えています。

重要なのは、「本当に100Mbps程度でよいのか?」「将来需要がもっと大きくなった場合に、また既存の光回線を張り替える必要が出てくるのではないか?」といった議論です。

先ず、「光通信システム全体のあり方」ですが、ソフトバンクが提出している「叩き台」は、現在NTTが使っているPDS(PON)をベースとしています。将来の大容量化を考えるなら、SSにした方がよいのですが、現時点では、今後建設される新システムも、「既存システムの延長」として考える方が合理的と判断されたからです。

現在の基幹回線に使われている光ファイバーは、SMもしくはNZ-DSFと呼ばれているもので、その上に載っている伝送システムは、WDMで10G x 40波もしくは10G x 80波というものが多いのですが、仮に将来もっと容量を拡大する必要が生じた場合は、伝送システムを例えば40G x 40波といったものにアップグレードすることで、十分対応できると考えています。

アクセス用の光回線については、ケーブルの構造は変わりますが、芯線は基幹回線と同じものが使われていますから、10Gを一つの単位として考え、これをニーズに従って分岐していくということでよいかと思います。何れにせよ、将来需要が大幅に増加したとしても、芯線はこれまでのものをそのまま使い続けることが出来、従って、各戸に引き込まれているケーブル自体を張り替える必要も、全くないと考えてよいでしょう。

なお、光ファイバーが銅線に比べて優れているのは、通信容量だけでなく伝送距離です。現時点では、幹線網の一般的な伝送距離は80km程度であると思いますが、アクセス網でも、10Gを20km程度飛ばすことは簡単です。もしメタル回線を完全に光回線に置き換えることが出来れば、メタル回線の伝送距離が短い為にあちこちに多数設置されている現在の中継局の数を、大幅に減らすことが出来、これは極めて大きなコスト削減に貢献します。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑