菅直人首相が率いる新たな内閣が発足した。様々な注目点があるが、そのひとつは金融政策である。昨年、国民的人気を誇る経済評論家の勝間和代氏が当時、副総理・国家戦略担当相であった菅直人氏に「財政規律を大幅に緩めることと超金融緩和を同時に進めればデフレ、格差、雇用、経済成長、年金などの日本経済の所々の問題がいっぺんに解決する」と提案し、話題になった。その後、政府は日銀にさらなる金融緩和を要求するなど、勝間氏の政策提言はそれなりの影響力を持ったようである。
今でも、一部の経済学者は、日銀が大量にお金を刷れば日本経済はよくなると唱えている。いわゆるリフレーション理論である。そして、彼らの矛先は常に日銀批判に向く。日本経済がデフレに苦しみ、過去20年間、世界の経済成長に取り残された主因は日銀が過度に金融を引き締めたためだというのだ。よって、日銀がもっと大量にお金を刷れば、デフレが解決し、日本経済は再び成長軌道に乗ることになる。本当だろうか?
そこで今回は日銀は本当に金融を引き締めてきたのかということを検証してみたいと思う。下の図は失われた20年といわれた土地バブル崩壊後の金利と貨幣供給量と物価とGDPの関係である。変化に注目するために1989年末を100としている。
出所:日銀、総務省、内閣府のウェブサイトから筆者作成
よく知られているように、この間、名目GDPはほぼ横ばい、物価も横ばいであった。デフレといっても、物価変動が毎年0%付近で1%ほどマイナスにぶれることが多かったという程度で、それほど大きな物価の下落が観測されているわけではない。そしてこの間、激しく下落したのが金利である。いわゆるゼロ金利政策である。最近10年ほどは日銀が直接的に誘導する短期金利はほぼゼロで推移している。また、この間、マネタリーベースとマネーストックは大幅に増加している。
マネタリーベースとは日銀が発行したお札と政府が発行した硬貨、それに日銀当座預金を足しあわせたものである。日銀当座預金は市中の銀行が銀行の銀行である日銀の口座に預けているお金である。これらは国が直接発行したお金で日銀により直接的にコントロールすることができる。マネーストックは、マネタリーベースに銀行預金等の民間の金融機関に預けられているお金を足したものである。マネタリーベースは、信用創造を通して膨張し、市中に出回っているお金の総量であるマネーストックになるのである。信用創造とは、例えば銀行にある100万円を誰かに貸し出すとすると、その100万円は他の銀行の貯金になるので、その他の銀行はまたその100万円を誰かに貸し出し・・・という具合にお金の総量が次々と増えていくサイクルのことである。ただし、貯金の総量が増えても、それは誰かの借金とセットになっているので、信用創造で富が増えているわけではもちろんない。
ところで日銀は何をするかというと、基本的に短期国債や現金などを民間の銀行と取引するだけである。取引とはよっつのことである。「貸す」「借りる」「買う」「売る」である。民間の銀行が持っている国債を日銀がどんどん買うと、民間の銀行が持っている現金はどんどん増える。日銀が国債を買うと国債の値段が上がり、つまり金利が下がる。実際には短期金利のターゲットを様々な経済状況を分析して日銀が決定し、その金利水準に到達するまで国債の売買等を実行するのである。日銀が特別な存在なのは、例えば国債を買う時に、普通の金融機関なら当然現金を用意しないといけないが、日銀はその現金を自分で刷ることができるということである。逆に日銀が保有する国債を民間の銀行に売却すると、民間の銀行はその対価として現金を日銀に払わないといけないので、日銀は市中のお金を吸収することができる。基本的に日銀がすることは民間の銀行との通常の金融取引だけであって、当たり前だが日銀はお金を「あげる」ということはできない。お金をどっかから税金という形で取ってきて、誰かにあげるのは日銀の仕事ではなく、政治家の仕事である。
ずいぶんと前置きが長くなってしまったが、日銀はリフレ派の学者がいうほど金融を引き締めてきたのだろうか。それは図を見れば一目瞭然で、むしろ日銀は狂ったようにお金を刷りまくってきたのが事実なのである。例えば、現在日銀は80兆円近い日銀券を発行している。これは国民ひとり当たりにすると60万円以上で、一家4人なら240万円にもなる。それだけの現生のお札が市中にばらまかれているのだ。実際のところ、金融機関には行き場のない大量の現金がジャブジャブになっており、それらが新興国の株や石油などのコモディティに流れているのである。日銀が大量に刷ったお金は世界の金融バブルに一役買ったのだ。
少なくとも筆者はリフレ派の論客には次のようなことに答えてもらいたいと思っている。日銀はあとどれぐらいマネタリーベースを増やせばいいのか。そして、マネタリーベースをどこまで増やせば消費者物価指数は上昇に転じるのか。その結果、日本国民の生活はどうのように改善するのか。
参考資料
ゼロ金利との闘い―日銀の金融政策を総括する、植田和男
貨幣の経済学 インフレ、デフレ、そして貨幣の未来、岩村充
コメント
お金を刷るのは、日銀ではなく国立印刷局ですよ。
たしかに
性悪説によれば、物価が上昇しかねない。
しかも皆、貯金も大好きなようだ。
国家規模の経済の話をするとなれば、経済学のみでは難しくすらあるだろう。
>日銀はあとどれぐらいマネタリーベースを増やせばいいのか。
経済学の知識の無いさる女性”自称”経済評論家の無根拠な国債引受はさておき、純粋なマネタリストは現在の5倍、10倍とかの事を言っていると思います。さる日本の政治家を応援するコメントの多いサイトで国債を500兆円発行して日銀が引き受けてばら撒いても、マネーサプライは凍り付いているから問題ない(インフレは起こらない)と主張されていたのを思い出しました。当時のM1は70兆円程度だったので7倍と言うことになります。
また、クルーグマンはFRBがリーマンショック後にバランスシートを3倍にしか増やさなかったのをみて、「日銀にもっと緩和しろと言っていた自分の国の中銀がたった3倍にしか増やせなかった。偉そうなことを言って日銀に大変申し訳ない」と言っていたと理解しています。つまりその程度では少ないと言っているのだと理解しています。
大事なのは流動性供給だけでなく
積極財政と円安誘導のための金融緩和なんですけどね。
需給ギャップを埋めてまずデフレ脱却しないと財政再建なんぞできるわけないですよ。
デフレで公務員削減したところで失業増えるだけですよ。
インフレ抑制政策とごちゃごちゃにしないで欲しいですね。