成長政策とはターゲティング・ポリシーではない--池尾和人(@kazikeo)

2010年06月11日 10:27

経済成長論のテキストの中でも、Aghion, P. and R. Howitt, The Economics of Growth, the MIT Press, 2009. (以下、『成長の経済学』と呼ぶことにする)は、読者を経済成長論のフロンティアに誘うことを目的として書かれた学部上級・大学院生向けの教科書であり、最新の優れた1冊だといえる。『成長の経済学』のもう1つの特徴として特筆すべきなのは、政府や国際機関において成長政策や開発政策の立案に関わっているエコノミストも読者の対象として想定しているところであり、「成長政策」についても正面から取り上げている。こうした特徴は類書にはみられないものである。

それゆえ、成長政策や成長戦略を議論する際に、それらにかかわる経済学の標準的な見解がどのようなものであるかを知るためには、この『成長の経済学』を参照することが求められる。


『成長の経済学』は、基本的に3部から構成されている。すなわち、第1部で経済成長に関する諸理論をとりあげ、第2部でそれらの諸理論に基づいて成長をめぐる諸問題を論じた後、第3部(第12章から第17章まで)が成長政策に関する議論にあてられている。その第3部の目次は、次のようなものである。

PART III: GROWTH POLICY(成長政策)
12. Fostering Competition and Entry(競争と参入を促進する)
13. Investing in Education(教育に投資する)
14. Reducing Volatility and Risk(変動性とリスクを縮減する)
15. Liberalizing Trade(交易を自由化する)
16. Preserving the Environment(環境を保全する)
17. Promoting Democracy(民主主義を進展させる)

わが国では、成長政策というとターゲティング・ポリシー(特定の産業・分野を指定し、それらを支援すべく優遇措置を講じる)といったものを想定することが、いまなお一般的なようである。例えば、経済産業省は今月1日に「産業構造ビジョン2010」を公表し、その案を政府が月内にまとめる新成長戦略の柱にしようとする考えだと報道されている。

この「産業構造ビジョン2010」は、1.インフラ輸出、2.環境・エネルギー、3.医療・介護・健康、4.文化(ファッションやコンテンツなど)、および5.先端分野(ロボットや宇宙)を戦略5分野と位置づけるといった点で、ターゲティング・ポリシー的なイメージの強いものとなっている(もちろん、それだけではなく、後述の環境整備的な要素も含まれている)。

しかし、上記の目次紹介から分かるように、『成長の経済学』はターゲティング・ポリシーを成長政策としてとりあげていない。また、典型的なターゲティング・ポリシーであったかつての産業政策が(戦後直後の時期においてさえ)有効なものでなかったことは、東京大学の三輪芳朗さんの精力的な一連の研究(例えば、『産業政策論の誤解―高度成長の真実』東洋経済新報社、2002年)等で明らかにされている。

産業政策がうまく行くものではない基本的な理由については、5月30日付けの金融日記に書かれていたので、ここでは省略する。同記事を参照して下さい。また、池田さんも同趣旨の記事を最近書かれています。

政府が成長分野だと分かるような分野については、とっくに民間は成長分野だと認識しているはずである。にもかかわらず、そこに十分な資金や人材といった資源が流れないとすると、何らかの制度的障害が存在すると考えられる。そうした制度的障害を取り除いて、資源の再配分(reallocation)を容易にするような環境整備(例えば、労働市場や金融資本市場の機能強化)をすることが、政府の役割であり、成長政策である。

また、適切な競争政策を実施(『成長の経済学』の第12章)したり、イノベーションを受け入れたり促進したりするために教育に力を入れる(同第13章)、あるいは政策運営の方針を明確にし、その予測可能性を高めて不確実性を減少させるなどこそが、現代の経済学の標準的理解における成長政策である。

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