「介護」は本当に成長分野なのだろうか?! ―前田拓生

2010年06月20日 14:35

菅首相は「環境」や「介護」などを成長分野と位置づけ、これらの分野で需要や雇用の創出を考えているようです。ここで「環境」については“何となく”成長分野という位置づけも理解できます(あくまでも“何となく”ですが)。なぜなら、そもそも日本は省エネ技術で他国に先行しているわけですから、さらにここからイノベーションのための研究開発を促進させるために「何らかの政策」をとり、他国への売り込みで政府が尽力するということでなら、外需が促進され、雇用の増加にもつながると思われるからです。

しかし「介護」って成長分野として位置付けて良いのでしょうか?


「介護」と並んで「医療」ということであれば、こちらも、幹細胞の技術などを応用したバイオ技術の研究開発などを促進させ、国自身が他国に売り込みに行くなどをすれば、将来的な成長分野になり、需要や雇用の促進につながるかもしれません。が、「介護」となるとどうでしょう?

確かに少子高齢化が進むにつれて「介護」の需要は増加するでしょうし、雇用の増加も必要になりそうです。といって、介護の場合、介護を受ける人が支払う料金は全体の一部であり、ほとんどは介護報酬から支払われることになります。ということは、介護を必要とする人が増加して、介護に支払うべき費用が増加した場合、公費で賄う介護保険、つまり、社会保障費等がそれだけ増えることになります。

また報道等によれば、介護に関わる人々の給料は低い水準であり、しかも、熟練度に見合う所得増が見込めないことから、「将来性がない」ということで介護従事者が職場を去っていく人が多いと聞きます。そのため、今のような不況期でも介護現場では慢性的な労働者不足に陥っていて、仕事を求める人が来れば「いつでも大歓迎」という状態になっているようです。

このような現場なのですから、政府が高らかに「成長分野です」と宣言しても、それだけで「働きたい」という人が増加するようには思えません。介護現場で働く人を呼び込むのであれば、それはそれなりに賃金を高くしないと駄目でしょうから、結局、介護報酬を引き上げることになるでしょう。ということは、「介護」を成長分野にして「強い社会保障」と「雇用促進」を図るためには、財源問題を解決しなければならないということになります。

このように介護分野においては、需要が増加しようが、雇用が増加しようが、いずれにしても社会保障費が増加するだけであり、国民負担がそれだけ増加することを意味しそうです。このような分野を「成長分野」と位置付けて良いのでしょうか?

ここで「強い財政」ということで、菅首相は消費税増税を打ち出しています。

財政の問題は「かなり深刻だ」ということを私もアゴラのコラムでいろいろと書いてきたので、財政再建に舵を切ったという点では、菅政権の方針を評価しています。しかし上述の通り、「介護」を成長分野と位置付けるということは、財政で最も問題になっている社会保障費のさらなる増加につながるだけであり、その増加を賄うためだけに「消費税増税」ということなら、一向に財政は改善しません。

「現状のまま」であっても、社会保障費は年々増加し続けるのであり、それが財政を圧迫しているのです。なので、財政再建を考えているのであれば、社会保障費の増加速度をなるべく遅らせる方策を、まず考え、当然、これでは「減らない」のですから、消費税を増税するという話になるのです。もし、社会保障費の増加を放置、または、さらに増加を加速させるという話であれば「社会保障費の増加」と「消費税増税」のいたちごっこになるだけで「国民生活の向上」も「強い財政」も「強い社会保障」も“絵に描いた餅”になるでしょう。

この“絵に描いた餅”を元に「強い経済」を標榜してみても、実態は変わらず、というか、悪化し、景気の浮上などは“夢のまた夢”になってしまいます。

介護は、あくまでも基本的人権に関わる分野であり、それを「成長分野に」と位置付けることに無理があると思うのです。「成長」というのであれば、そこには「付加価値」を生むシステムが必要ですが、介護については「共助」のシステムであり、そこに「経済(営利性)」を持ち込めば、問題しか起こらないことになります。

ところで、上述では「環境」「医療」は「何となく成長分野として認識することが可能」と書きましたが、それは「外需獲得」という意味であり、また、研究開発の促進が中心なのであり、「環境」「医療」における「共助」的な(社会的共通資本としての)分野において「成長」を目指すというのであれば、やはり、介護分野と同様に“絵に描いた餅”になるでしょう。

民主党には「経済政策がない」に対する反論のように、何かのこじつけで「強い経済」を標榜しているのであれば、それは問題です。そもそも国などの公が「成長分野」を云々できるはずもありません。成長を考えるのは民であり、民に任せるべきなのです。

当然、他国への売り込みという話があるのであれば、積極的に民をサポートするのが国家であるべきですが、基本、成長戦略は民が考え、自らがリスクをとって行動するべき分野なのであり、国家が口を差し挟むべきではないのです(ルール違反の取り締まりは国家等の公が行うべきですが)。その意味で「最大幸福」は民が考えるべきということになるでしょう。

他方、基本的人権に属する分野や安全保障、治安維持など、民では失敗してしまうため、少数であっても国民が「不幸」になるような分野については公(国家)が行うべきです。その意味で「(基本的人権等に関わる)不幸」を最小にする「最小不幸社会」は重要な概念だと思います。

菅首相は「最小不幸社会」を標榜しているのですから、それに徹して政策運営を考えるべきだと思います。介護などという分野は、将に「最小不幸社会」に基づくインフラなのですから、無理やり「成長分野」と位置付ける必要性も、妥当性もないでしょう。

成長分野ではなく、社会インフラとして持続可能にするために、現在最も問題になっているのが「財源」なのですから、むしろ、例えば介護が必要と“ならない”ように予防医療などに力を注ぐなどの方策を打ち出し、社会保障費の拡大を抑える方向でいろいろと模索をし、その上で「どうしても不足する」または/かつ「持続可能性が危ぶまれる」ということであるのなら、その時点で「どのくらいの消費税増税が必要なのか」を議論すべきだと思います。

「強い社会保障」のためには「強い財政」が必要なのは理解できますが、こじつけのようなロジックで「社会保障の改善」と「経済の改善」をごっちゃにしても“絵に描いた餅”では政策にはなりません。妄想はやめて、現実の経済財政を直視し、国民生活のための政策を打ち出してほしいものです。

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