★★★☆☆(評者)池田信夫
エコ亡国論 (新潮新書)
著者:澤 昭裕
販売元:新潮社
発売日:2010-06
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言葉の軽い鳩山前首相は、あちこちにいい加減な約束をして自滅したが、いまだに彼の負の遺産として残っているのが「温室効果ガスを1990年比で25%削減する」という国際公約である。これは幸いCOP15が失敗したため正式の条約にはなっていないが、民主党政権がまじめに履行したら、普天間問題以上のダメージを日本にもたらすだろう。
地球温暖化は、人類の直面する最大の問題でも緊急の問題でもない。経済学者の多くは、費用便益分析で考えると地球温暖化対策の現在価値はマイナスだと考えている。最近のクライメートゲート事件をみると、本当に人為的な温暖化が起こっているのかどうかも疑わしい。
地球とか人類とかいう言葉を使うと、左右の立場を超えた高邁な理想のために努力しているように見えるので、鳩山氏のように無責任な政治家は高い目標を掲げたがる。御用学者は「環境保護で成長率が上がる」といい、民主党政権は「環境保護で成長する」という成長戦略なるものを掲げた。しかし本書も指摘するように、これは幻想である。
成長率が環境保護の増加関数であれば、25%削減より50%削減したほうが成長率が上がるだろう。温室効果ガスを減らすためには経済活動を減らすことがもっとも効果的であり、環境と経済はトレードオフの関係にあるのだ。特に日本は省エネが進んでいるため、削減の限界費用が世界最大で、各国で限界費用を均等化させるとすると、日本の排出量は4%増えてもよい。
著者は、私の元同僚である。経済産業研究所でも京都議定書の問題を研究したが、どう考えても実行不可能だという点で、全官庁(環境省も含めて)が一致した。にもかかわらず、国会は全会一致で議定書を批准してしまった。科学が政治的な人気取りの道具に使われたことが、地球環境問題の悲劇である。
経済が低迷し財政が危機に瀕している中で、政策資源を何に使うことがもっとも効果的かという全体最適を考えれば、最優先の政策が地球環境でないことは明らかだ。菅政権は、鳩山氏の約束を「ゼロベース」で考え直すべきである。本書は環境問題についての常識をまとめたもので、常識を身につけている人が読む必要はないが、民主党の政治家には読んでほしいものだ。