老人大国の憂鬱 - 『デフレの正体』

池田 信夫

★★☆☆☆(評者)池田信夫

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
著者:藻谷 浩介
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2010-06-10
おすすめ度:クチコミを見る


本書の帯には「日本経済の常識は大間違い!」などと書かれ、著者も「類書にないオンリーワン」だと勢い込んでいるが、中身はよくも悪くも常識的な本だ。小野理論のようなバラマキ景気対策でも、リフレ派のいうようなバラマキ金融政策でも日本の問題は解決しない。最大の問題は高齢化である――身も蓋もなく要約するとこういう内容で、間違ってはいないがオンリーワンではない。

ただ経済学者のむずかしい論文を読めない政治家には、読みやすいかもしれない。最初に思わせぶりなクイズや「常識を疑え」みたいな話が延々と続くのは冗漫だから、175ページから読めばいい。重要なのは、いま起こっているのは貨幣的な「デフレ」ではなく、高齢化による消費の減退と少子化による労働人口の減少という「構造変化」であることをデータで示している点だ。

特に深刻なのは、1400兆円の個人金融資産のうち1000兆円以上を60歳以上が保有し、その保有額が死ぬとき最大になることだ。労働せず、消費もしない年金生活者が増えたことが日本経済全体を沈滞させており、これは今後さらに深刻化する。これに対する処方箋として本書が提案するのは、年功序列の廃止や生前贈与で所得を高齢者から若者に移転する、労働人口の減少を補うために女性の就労を支援する、「あまねく公平」をやめてコンパクトシティに重点投資するなど、これも常識的だ。

ただグローバル化(特に新興国との競争)による相対価格の低下を無視し、株主資本主義を否定しているのはいただけない。著者のいう「内需型産業」の付加価値を高めるのはいいが、それだけでは成長率は上がらない。資本市場と労働市場の活性化によって企業の新陳代謝を進めないと、成長のエンジンであるハイテク産業は伸びないし、サービス業の効率も上がらないのである。

追記:最近、本書が「デフレ論の決定版」として評価されているようだが、高齢化は成長率低下の一つの原因にすぎない。東アジアだけでも、韓国、台湾、シンガポール、香港の出生率は日本より低く、高齢化率も90年代までは日本は主要国の平均程度である。

コメント

  1. nippon5050 より:

    確かに常識的な内容のようですね。
    しかし労働力市場の活性化ひとつとっても民主党政権になってから相当に環境は悪化しました。
    http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=south-spring&articleId=10563867111&frm_src=article_articleList
    製造業への派遣業を起業した方のブログです。
    ちなみに、コメント欄のよちよっちんとはわたしの事です。
    マスコミがこぞって民主党の社会主義政策をサポートしているようで、解雇規制の緩和や雇用形態の自由度を高めるなどの構造改革は全く望めない状況です。
    マルクス主義の影響を受けた経済学者の方々が善意から誤った主張を展開してしまう事については池田先生の意見に同意しますが、管首相のような政治家やその主張に迎合するマスコミはそれらの学者の方々の意見を都合のいいように利用する確信犯的なポヒュリストではないですか?
    だとした日本経済の低迷は社会的弱者に対する善意により結果的にもたらされたのではなく、ポヒュリスト達の悪意により意図的にもたらされたと解釈すべきではないでしょうか?

  2. aihoho より:

    アゴラで紹介されていたような覚えがあり、書店でもズラッと並んでいたので、買って読んでみました。
    人口ピラミッドと景気との関係は、どこかで読んだ記憶もあるし、そういう研究も誰かやっていると思います。「類書にないオンリーワン」は、確かに言い過ぎではとは思いましたので、そこは受け流しましたw
    >重要なのは、いま起こっているのは貨幣的な「デフレ」ではなく、高齢化による消費の減退と少子化による労働人口の減少という「構造変化」であることをデータで示している点だ。
    私は直感として、昔と今では状況が違うというのは理解してはいますが、何がどうという点がうまく説明することができなかった。これを素人にも分かるように説明した点が、本書のポイントであり、後半で本書の評価を落としていると感じました。
    前半は常識的なのかもしれないけど、今日、リフレ派が永遠とGNPギャップがとか、インフレターゲットがとかあちこちから、それらしいロジックを持って永遠と議論してますが、本書を読み、この常識が抜け落ちてるから、全然実感として湧いてこない議論をしているのだと理解できました。
    人々がいう景気が良くなったというのは、皆がイメージするのは、大方バブル期の事でしょう。小泉政権で格差が小さくなったと言っても、そう思わないのは、バブル期と比べてしまうからです。人口ピラミッドもだいぶ変わり、俺たちが若い頃はそうやってきたなんて言われても困るので、この常識を国民に理解させていくことが重要ではないかと思いました。