上場企業の役員報酬個別開示についての雑感 - 藤沢数希

2010年07月01日 00:33

今年から上場企業の1億円以上の役員報酬について開示される。メディアでは公表された役員の氏名とその報酬を次々と報じている。また、さっそくランキング・サイトなどがいろいろ作られている。洋の東西を問わず他人の給料は気になるものらしい。

実はこれは筆者の予想通りだったのだが、次のふたつの点が多くの人にとって解せないのではないだろうか。ひとつ目は、日産のゴーンCEOの9億円やソニーのストリンガーCEOの8億円など、外国人経営者の方が日本人経営者よりも多額の報酬をもらっていることである。次に気になるのは赤字の企業でも1億円以上の報酬を貰っている役員が多数いることである。今回はこの辺の報酬のカラクリについて解説しよう。


なぜ外国人経営者の方が報酬が高いのか

これは何も日本人が外国人、それも欧米人を崇拝しているからでも何でもないし、必ずしも外国人の方が経営者の能力が高いからでもない。実は、多くの日本の大企業で、ヘッドハントされてくるプロの外国人経営者と、その企業で長年働いている日本人の経営者では報酬決定のメカニズムが全く違うからである。前者は市場原理で決まるマーケット・プライスだが、後者は長年会社に貢献したという功労賞的な報酬なのである。

腐っても、世界で2位か3位を誇る経済規模を持つ国の大企業の経営者である。そこには当然、ある程度の格が必要になってくる。一流の教育のバックグラウンドを持ち、他の企業の経営で成功した実績がいる。そして、当然、当該企業とその業界に対する十分な知識を有し、人間的にもふさわしい人物でなければいけない。このように考えると、そのようなグローバル企業で経営者を任せられる人材というのは非常に限られていることがわかろう。

彼らのようなエグゼクティブをヘッドハントするには、前職からかなり割り増した報酬を保証しないといけないのである。なぜならば、転職するのはリスクがあるので、そのリスクを補って余りある報酬を提示しないと引き抜けないからだ。前職で5億円もらっていたら、8億円とストック・オプション、それと万が一解任するようなことがあった場合の特別退職金、俗にいうゴールデンパラシュート等々が必要になる。グローバル企業の経営を任せられる人物が非常に限られている一方で、彼らに対する高い需要があり、それだけの報酬を払える企業がたくさんあるのだから、このようなエグゼクティブの市場価格が高騰するのは当然なのである。

その一方で、残念ながらグローバルな経営者のマーケットで取引される日本人はほとんどいない。これは語学をはじめさまざまな理由があるだろうが、とにかく事実として、世界レベルのプロの経営者は日本人にはほとんどいないのである。たとえば、日本の東芝や日立の日本人社長が、韓国のサムソンとか米国のIBMの社長として高額の報酬で引き抜かれていくのは想像できないだろう。みずほ銀行の社長が、莫大な報酬でシティ・バンクの経営再建のためにヘッドハントされるというのも想像できない。究極的には、株主は有能な経営者が他に引き抜かれないために高い報酬を払うのであって、他に引き抜かれない経営者なら高い報酬を払わなくてもいいのである。

なぜ赤字の会社の経営者でも多額の報酬を受け取るのか

多くの人は勘違いしているのだけれど、経営者や従業員の報酬というのは業績と連動するものではない。業績に対して否が応にも責任を負わされるのは株主なのだ。経営者は株主に雇われているに過ぎない。従業員は経営者に雇われているに過ぎない。だからこそ、金融危機で多くの大企業が赤字に陥り、株主が株価の暴落で莫大な損失を出している時も、日本の大企業のサラリーマンの給料はそれほど下がらなかったのだ。逆にいえば、金融危機前までの輸出バブルのただ中で日本の大企業が過去最高益を次々と計上していたときも、サラリーマンの給料は大して上がらなかった。特に日本の場合は解雇規制が厳しいので、首を切る際に大きなコストが発生する。だったら株主として、そのコストの分まで割り引いて、普段からなるべく安い給料に押さえておくのは当然ではないか。

雇われ経営者やサラリーマンの給料は、会社の業績よりもむしろ労働市場との兼ね合いで決まる。あまりに低い給料だと従業員が辞めてしまう。むろん必要以上に払う必要はない。他社に引き抜かれない、転職できない人材なら、最も安い報酬を与えておけばよいだろう。逆にいえば、他社に転職できる人材なら、業績の悪い評判のよくない会社ほどより高い給料を払わないといけないことになる。

このことは労働市場の流動性が非常に高い国際金融の世界では特に顕著で、セールスやトレーダーなどの職種は、業績の悪いダメは金融機関ほど給料が高いことがよくある。なぜならば、同じ給料ならば、業績がよく高いブランドを有する会社で働くことを望むため、ブランドの低い会社が有能な人材を雇おうと思ったら、それなりの金を積まないといけないからだ。

無論、株主と同じ利害を持ってもらうために、ストック・オプションを付与するなど、様々な工夫をしていることもあるが、業績に責任を負うのはあくまで株主で、経営者や従業員の報酬は労働市場との兼ね合いで多くの部分が決まるのである。業績が悪いからといって、経営者の給料を極端に減らすことはできないし、また、そうすることは株主の利益にも反するのである。もちろん、経営者が報酬にふさわしい能力がないと株主に見限られれば、経営者は首になる。

今後は日本の経営者の給料はもっと上がる

一部の政治家や役人は、高騰する経営者の報酬を抑える狙いもあって、1億円以上の報酬開示を義務化したと思うが、筆者はこれは正反対の結果になると思う。実際に報酬開示を実施している欧米でまさにそうなった。一流の経営者というのは特に競争心が強いものである。このように報酬が開示されると、否が応にも自らの報酬と他社の経営者の報酬が比べられることになる。IBMの経営者の報酬が20億円で、ヒューレット・パッカードの経営者の報酬が30億円だったら、どうしてもその10億円の差が許せないのだ。なぜならばそれは人間の価値の差がそれだけあると思えてきてしまい、誇り高き経営者の自尊心がそのような差を許容しないからだ。そして、株主も優秀な経営者が思う存分力を発揮してくれるなら、その程度の追加報酬を払うことも厭わない。

たとえば売上が10兆円の企業を考えてみよう。経営者の給料が10億円だとして、それは売上のたったの0.01%である。ここで高々10億円や20億円程度のはした金をケチろうと思うだろうか。経営者は会社の顔としてメディアに頻繁に登場する。重要な意思決定を次々に行なわなかればいけない。もし、100億円の給料を払えば最高の人材を雇えるならば、株主は喜んでそうするだろう。100億円といっても売上が10兆円だったらたったの0.1%の話なのだ。

今回の情報開示で、日本企業の経営者の報酬が世界標準からはかなり低いことが判明した。株主の立場から考えると、高々数億円の報酬をケチって二流の人材に重要な経営判断を任せようとは思わない。また、報酬開示は経営者同士の競争心を否が応にも煽る。よって、今後、日本の大企業の経営者の報酬が上がっていくことは必然的だと思われる。しかし、筆者は、そのように日本企業の経営者の報酬が高騰していくことは悪いことではないと考えている。数十億円の報酬をもらい、グローバル企業を経営する世界レベルのマネジャーが日本人から何人も出てくることを筆者は切に望んでいるからである。

Greed is good. (強欲はいいことです)
映画「ウォール街」ゴードン・ゲッコーの台詞

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