砂漠化する日本金融 - 矢澤豊

矢澤 豊

磯崎哲也氏の一昨日のエントリー 「個人から出資を受けたらIPOできなくなる日本証券業協会の規則変更に反対します」を興味深く読ませていただきました。行動の人、磯崎氏はすでにパブリックコメントを証券業協会に提出されたようです(「 個人から出資を受けたらIPOできなくなる日本証券業協会の規則変更にパブコメを書きました」)。

コメント提出期限は今日の午後5時のようですので、問題意識のある方は、迅速に行動してください。

私としましては、これは非常に悩ましい問題であります。


祖国の「地盤沈下」を傍観するのもつらいですが、「ナントカは死ななければ...」ということもあります。日本の金融市場の参画者の皆さんが、頼まれもしないのに自ら自分の首をしめていただけるのであれば、私が現在本拠を置く香港のアジア金融ハブとしての地位はより確固たるものになるでしょう。

「未上場企業が個人から投資を受けた場合には上場できない」

という規定は、新興市場への上場を悪用する詐欺事件や反社会勢力を巻き込んだ事件が多いことを理由としているようですが、

「地獄への道は善意で舗装されている(The road to hell is paved with good intentions.)」

のたとえ通りの結果になりそうです。

当地香港も、皆さんごぞんじのとおり、東京に負けず劣らず、いかがわしい「自称金融マン」たちが、怪しげな投資案件をたずさえ闊歩しております。

しかし、こうした「ジャングル」のような魑魅魍魎の生態系が金融都市・香港を支えているのです。この中でいやしくも「プロ」としてしのぎを削る人間は、当然のリスクマネジメントとして、手がける案件と付き合う人物を選定していかなければならないのです。

こうしたリスクマネジメントを、制度設計で代替しようとする今回の証券業協会の試みは、金融生態系の多様性を損なう結果となるでしょう。生態系の多様性(バイオ・ダイヴァーシティ)が失われたジャングルは、除草剤をまきすぎた耕地のように、砂漠化への道をたどりはじめます。「正義」をかかげて自然の生態系に恣意的かつ暴力的に関与しようという協会の姿は、あたかも金融界の「シーシェパード」のようです。

しかし気落ちすることはありません。以前も申し上げましたが、業界団体に天下ってきた元官僚(あれ?)でもないのに、没落国家と一蓮托生などと思い込む必要はありません。国家はジリ貧でも、国民は窮乏してはならないのです。日本がダメでも香港があります。シンガポールがあります。その向こうにはムンバイだってドバイだってあります。[一時は業界で「ムンバイ、ドバイ...バイバイ」なんていわれていた時もありましたが(苦笑)。]

起業、上場を目指す将来の日本財界紳士のみなさん。我々といっしょにまずは香港上場を目指しましょう!

金融における生態系の多様性がいかに重要かということに関しては、昨年は「時の人」という観があったファーガソン教授(「マネーの進化史」)のこのレクチャーをどうぞ。

歴史好きな方のためにいえば、なぜヨーロッパの小国に過ぎなかったオランダが、旧大陸から新大陸にまたがった大スペイン・カソリック帝国を相手にして、ヨーロッパはもとより、インド、ジャカルタ、そして長崎・平戸くんだりまでを舞台にして、タイマンをはりつづけ、ついには独立という勝利を勝ち得るまでにいたったのか、ということです。今後、お隣の超大国と張り合いつづけなければならない宿命にある日本も参考にすべきでしょう。

コメント

  1. bobbob1978 より:

    「新興市場への上場を悪用する詐欺事件や反社会勢力を巻き込んだ事件が多いことを理由としている」

    詐欺などの犯罪を抑止したいのであれば、「世の中にそんなおいしい話などない」という教育を徹底すべきでしょうね。何故こんな愚かとしか言いようがない規制に繋がるのか不思議でなりません。
    オレオレ詐欺の件でも思いましたが、日本人はもっと「犯罪に巻き込まれないようにする」ための教育に力を入れるべきです。日本では妙に「信用」というものを神聖化していますが、重要なのは「他人に信用される人間になる」ことであって、「安易に他人を信用する」ことではないはずです。

  2. Yute the Beaute より:

    bobbob1978様

    コメントありがとうございます。

    まったく同意です。自称エリート層の「家父長的」頭脳構造と、一般大衆の「水戸黄門」待望・自己責任回避体質を直さなきゃいけません。

    矢澤 豊

  3. akiteru2716 より:

    悩ましいですね。

    領民を善く納めようとした武士と、善き殿様を待望する農民たちという構造は大昔から変わってないのかもしれませんね。
    しかしそれを壊すには、国家なんて信用しないって思わせるほどの悪政が必要なのかも・・・・

    急激に自己責任を課せられるほど、責任を引き受けてくれる人が支持される結果にもなりかねないようにも・・・・
    これもまた歴史でどこかで見た風景ですね。

    ところで、香港はいかがでしょう?
    上海総合指数が下に抜けて、株価はかなり落ちているようですが。。。
    ワールドカップのさなかで日本ではほとんど報道されていません
    が、中国の空気はどうなんでしょう?

  4. Yute the Beaute より:

    akiteru2716様

    中国は調子いいですよ。中長期的に自分たちの国はよくなると、大多数の人が信じているので、株価や不動産の乱高下はあまり気にならないんじゃないでしょうか。

    ただし、社会不安というのは常にありますね。最近のホンダのストもそうでしたが、擡頭する大衆パワーを今後どう御していくか。

    また香港に限っていえば、労働者階級の地盤沈下、つまり賃金収入が本土労働者レベルに下寄せられていくことがかなりリアルな社会不安の要因になっています。

    矢澤豊