「自前主義」が国際競争力低下の元凶? - 松本徹三

2010年07月05日 11:35

ネットで議論をしていると、「ソフトバンクは自前の設備投資をケチっている。それでも通信事業者か」とか、「他社や国に回線施設を作らせて、それにタダ乗りしようとしている(お金を払うのですから、「タダ乗り」という言葉を使うのはおかしいのですが)」とか、「お前ら、自分で何か開発したのか?」とかいう批判によく遭遇します。面と向かってそういうことを言う人はあまりいませんが、ネットの議論では匿名性故に「本音」が出るので、恐らく心の中で同じ様に思っている人達は結構いるのでしょう。


しかし、これは、近代工業社会の原則に反する「極めて奇妙なセンチメント」に基づいた批判だと思います。先ず、「自分が提供するサービスの為に使うものは、自分で所有せよ。自分で開発し、自分で製造すれば、もっと偉い」という考えには、全く合理的な根拠がありません。

レストランは客に食事をして貰うビジネスですが、その場所を自分で持っているとは限らず、建物や内装は全て誰かに作ってもらったものです。自分で畑や牧場を持っているわけでもなく、食材も調味料も全て外部調達です。レストランの仕事は、食材を選び、それぞれに工夫を凝らして「料理」し、全体の雰囲気作りをする「コーディネーション」です。

レストランを一例に上げましたが、これは全てのビジネスに共通することです。製造メーカーだって、殆どの部品は外部調達ですし、「OEM調達」や「外部委託」も常識です。

それなのに、「通信事業」ということになった途端に、「自前主義」を賛美し、そうでないものを排斥しようとする、このような奇妙なセンチメントが随所に顔を出してくるのは何故なのでしょうか?

それは、かつては全ての通信事業が国の事業であり、設備を作ること自体がその出発点だったからだと思います。そして、世界の通信事業者の中では群を抜いて大きな技術部門を持ったNTTが、今なお支配的な力を持っているからでしょう。従って、この「世界の他の国と比較すると全く特異な」日本の状況を「当たり前」と考えている人達の目から見ると、「世界の常識」が逆に「異端」であるかのように思えるのでしょう。

さて、ここからが問題です。

いつも言われている「日本の情報通信産業が国際競争力を持つ」ということはどういうことなのでしょうか?「日本で開発、或いは製造された情報通信関連の商品やサービスが世界で売れること」「日本人の能力が世界の情報通信業界で通用すること」「高質で安価な情報通信インフラが整った日本で仕事をすれば、他の国で仕事をするより生産性が上がること」等々でしょう。

日本の通信業界に君臨するNTTは、世界に例を見ない程に「自前主義*」が前面に出ている企業体であり、且つ、これを支える「巨大で有能な技術部門」も持っていますが、これは、残念ながら、上記の何れにもあまり貢献できていないようです。

* 英語では「Not Invented Here(自分で開発したものでなければ意味がない)」という言葉がしばしば使われています。

NTTがその発足時に範とした米国のAT&Tは、かつては典型的な「自前主義」の企業体であり、「ウエスタン・エレクトリック」という機器製造部門*まで持っていました。ITUは国連の下部組織で、世界の通信標準を決める機関ですが、アメリカ人から見ると、ITUは、「欧州の、欧州による、欧州のための標準機関」であり、アメリカでは、「ベル・ブルーブック」というものに記載されているものが、長い間、唯一の実質的な「標準」でした。

* 日本では、NTTは発足時から製造部門は持たず、NECや富士通のような会社がその役割を果たしました。

アメリカにもAT&Tの息のかからない「独立系電話会社」というものが存在し、ITTやGTEといった通信機器メーカーもありましたが、ITTやGTEはとっくの昔に消えてなくなり、「独立系電話会社」も、大きいものとしては、現在ではSprintが辛うじてその原型を残しているだけです。

AT&Tの技術部門の一部と「ベル研究所」「ウエスタン・エレクトリック」は、自ら独立して「Lucent
Technology」となりましたが、これは「折角強い技術があるのなら、それをAT&Tだけの為に使うのは馬鹿げており、当然世界市場に売っていくべきだ」と考えたからに他なりません。つまり、「当然の理」に従って、AT&Tは、自ら「自前主義」に決別したのです。

どんな有能な技術者でも、身内だけで仕事をしていて、世界の荒波にもまれなければ、その技術力に磨きをかけることは出来ません。厳しい競争に打ち勝って歓喜し、負けて打ちひしがれる経験を重ねなければ、小さく固まった「ひ弱な存在」にとどまってしまいます。勿論、世界で通用する人材を育てることも出来るわけはありません。

NTT分割論がホットだった1990年代に、もしNTTが、当時まさに進行中だったAT&TによるLucentの「自主的分離」に倣い、自らの技術開発部門を分離してこれをNECと富士通に合流させていたらどうだったでしょうか? そして、その時点で、例えば「5年間は『委託開発』の名目でそのコストを負担する」というような取り決めをしていたとしたらどうだったでしょうか? NECや富士通(或いは、その統合体)は、世界の情報通信業界の一方の旗手として存続し、例えばドイツのSiemensと合体して、スエーデンのEricssonや中国のHuawei、仏・米連合のAlcatel-Lucentと並ぶ存在になれていたかもしれません。

一方、サービス事業者としての通信事業者は、顧客に対し、「最高の技術で支えられた最高のシステムを、最低の料金で提供する」のが責務ですから、世界中のメーカーと関係を持って、その中からベストのものを選んで採用するのが当然です。仮に自らのグループの中に開発部門を持っていたとしても、「そこで開発されたものが他社で開発されたものに及ばなかったとしたら、採用しない」というのが、当然のあるべき姿だと思います。

「通信」の世界は、標準化された技術をベースに、大手各社が世界市場を対象に、「技術開発と製造」、「建設と保守」、それに「金融」を交えた総合力で競い合う世界です。これに対し、「情報サービス」の世界は、「アイデア」と「開発力(集中力)」、「マーケティング能力」をすさまじいスピードで競い合う世界であり、俗に「Winner
takes everything(勝者が全てを取ってしまう)」と言われるように、「昨日までの勝者も一瞬にして没落する」厳しい世界でもあります。

この何れの世界においても、「自前主義」などというものが、全く見当はずれなものであることは自明です。日本の一部に、まだそのような古色蒼然たる考えに捉われている人達がいるとしたら、こういう人達の考え方こそが、日本の情報通信の国際競争力を殺ぐ元凶になっていると言わざるを得ません。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑