日銀法に「雇用の最大化」を入れるべきか - 池田信夫

2010年07月17日 21:13

みんなの党が次の国会に出すとしている日銀法改正案では、「雇用の最大化」を目的として入れることになっています。これは民主党のデフレ脱却議連の提案にも盛り込まれているので、実現する可能性もありますが、果たして中央銀行は雇用を最大化すべきなのでしょうか。あるいはできるのでしょうか。


彼らの論拠は「雇用はFRBの目的に入っているから日銀も入れるべきだ」というものです。たしかに連邦準備法では

  • 最大の雇用

  • 安定した物価
  • 安定した長期金利

をあげています。このうち長期金利は物価と連動するので、実質的には物価と雇用の二つの目的をあげていることになります。しかし、このように雇用を目的に入れている中央銀行は他にない。それは中央銀行が雇用を最大化できる理論的根拠がないからです。これは経済学部の学生にとっては基本的な知識ですが、政治家にとってはそうでもないようなので、復習しておきましょう。

いま失業率が自然失業率(NAIRU)にあるとき、日銀が通貨供給量を増やすと、失業率は一時的にAからBに下がります。しかしそれはインフレによって実質賃金を下げただけなので、労働者が賃下げを織り込むと労働供給が減って失業率はCに戻り、長期的には自然失業率で労働市場が均衡します。

つまり日銀が通貨供給を増やすと一時的に失業率は下がるが、長期的には人々がインフレを織り込んでしまうと失業率は元に戻り、インフレだけが残るのです。これは1968年にフリードマンの有名な論文で明らかにされ、実証データでも裏づけられ、現在では金融政策で雇用を持続的に増やすことはできないというのが世界共通の理解です。中央銀行は物価安定に専念し、それを通じて経済を安定させるのです。

ところがスタグフレーション期の1978年に改正された連邦準備法では、物価と失業をともに安定させるという困難な目的が課せられたため、FRBは物価と景気の両立に苦慮してきました。この結果、FF金利は世界の政策金利の中でもっとも激しく動き、特に2000年代前半にはITバブル崩壊後の失業率上昇に配慮してFRBが金利を必要以上に下げたため、住宅バブルを引き起こしたと強い批判を浴びています。

だから日銀法に「雇用の最大化」が入っていないことはマクロ経済学的にみて正しく、それを改悪すると日銀の政策にインフレ的なバイアスをもたせる結果になります。80年代の不動産バブルのときは、金利を引き上げようとする日銀を橋本蔵相が恫喝するなどしたため、金融引き締めが遅れました。現在の国債バブルも、日銀の異常な金融緩和によって引き起こされている疑いが強い。

したがって日銀に雇用最大化の義務を課すことは有害無益です。「日銀法を改正すれば失業者が100万人以上、経済的な理由による自殺者が5000人以上も救える」という渡辺喜美氏には、ぜひその理論的根拠を明らかにしてほしいものです。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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