視野の狭い日本経済論 - 『日本経済のウソ』

池田 信夫

★☆☆☆☆(評者)池田信夫
日本経済のウソ (ちくま新書)日本経済のウソ (ちくま新書)
著者:高橋 洋一
筑摩書房(2010-08-06)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


著者はみんなの党のブレーンなので、本書にもその「アジェンダ」とよく似た話が出てくる。今後の混沌とした国会情勢の中で、みんなの党がキャスティング・ボートを握る可能性もあるので、その経済政策を知るにはいいだろう。

しかし残念ながら、タイトルに反して日本経済全体の話はほとんど出てこず、もっぱら金融政策、それも「日銀がデフレ・ターゲットで不況を悪化させている」といった話が繰り返される。クルーグマンもいうように、結果的に日本がデフレから脱却できないからといって、日銀が意図的にデフレにしていることにはならない。こういう陰謀史観は、著者の学問的信用を落とすだけだということに気づいたほうがいい。

著者はリフレ派として知られているが、ゼロ金利のもとで人為的にインフレを起こす手段はないことぐらいはわかったようで、「インフレ・ターゲット」は提唱していない。もう一段の量的緩和、特に長期国債の買い切りオペを増やせという程度の話は、金融政策についての一つの見方としてはありうるだろう。しかし長期金利が1%を切った現状で、それをゼロに近づけたところで、デフレを止めるほどの効果があるとは考えられない。

最大の問題は、まるで不況が100%日銀の責任であるかのような視野の狭さだ。マクロ経済学の常識では、20年間にもわたる長期不況の原因はマネタリーなものではありえない。主要国で最低の生産性上昇率と、0.5%以下に落ちた潜在成長率を引き上げないで、デフレを脱却することはできない。ところが本書はそうした長期の問題を無視し、GDPギャップを縮める短期の景気対策がそのまま成長率を高めるかのように論じている。

こういうバランスを欠いた話になるのは、著者のマクロ経済についての理解が古く、昔ながらのIS-LMや貨幣数量説に依拠しているためだと思われる。「ニューケインジアン理論」も少し出てくるが、「まだ発展途上で実務界では知られていない」という。彼はニューケインジアン理論=DSGEが世界の中央銀行の共通モデルだということも知らないのだろうか。政治家に「金融緩和で自殺者が5000人救える」などといういい加減な話を吹き込む前に、もうちょっと勉強してよ。

コメント

  1. disequilibrium より:

    リフレ派が間違いに気づく頃には、我々は皆死んでいそうですね。

  2. carmelvalley より:

    このブログで発信している人の多くは、日本でそこそこの地位、権力、お金などを持っている人達ばかりですね。この人達は自分よりも弱い立場の人に対して、色々な事を指摘したり、批判をすることで、日本の為に貢献していると誤解していないでしょうか?私には、その人達が自己満足を得ているとしか感じ無いです。これが今のいじめ社会の原因ではないかと感じます。これからの日本を担う子供や若い人をいかに育てるか?この基本は家族関係から始まる。ここでの発信のような言い方や考え方を自分の子供にもしているのであれば、日本の若い人は、益々やる気を失います。 このようなブログも年寄りの愚痴討論会のような井戸端会議になるのでは?これからの日本を少しでも良くしたいと思って発信するなら、批判や指摘のようないじめの発想じゃなく、グローバル社会で伸びる子を育てるような親のような言い方を勉強した方が良いのでは?そして、自らグローバル社会で戦い、手本を若い人に見せる事が生きた教えになると思いますが。