今回の円高は日銀&政府の戦略的なミス! ―前田拓生

前田 拓生

とうとう85円/ドルを割り込むような円高になってしまいました。原因は米経済への懸念であることは確かですが、今回の為替相場の急激な変動は、日銀、および、その後の日本政府の対応の悪さが招いた結果と考えた方がよいでしょう。

8月10日は、たまたま日銀金融政策決定会合とFOMCが重なっていましたが、時差の関係で日銀の決定がより先に出ることから、珍しく日銀の判断に市場は注目をしていました。しかも、当時、米国経済の失速懸念より、FRBは「何もしない」ということはあまり考えられない状態だったことから、日銀としても「すぐの量的緩和をする」ということはないにしても、せめて「追加金融緩和政策についての示唆くらいはあるだろう」という目でみていました。

このような目でみていたわけですから、日銀金融政策決定会合でさらなる緩和の発表(または、示唆)がなければ、一層の円高になるのは「火を見るよりも明らか」だったわけであり、「市場との対話」を考えているのであれば、何かやるのは“当然”と考えていました。

にもかかわらず、何もなし(汗)

まぁここで、たとえ量的緩和をしても功罪を考慮すれば「やる必要性はない」でしょうし、追加金融緩和といっても、今までにやれることはかなりやってきています。したがって、経済学的に考えれば、「何もなし(現状維持)」という決定は妥当なものといえます。しかし、「急激な為替変動は経済実態にとって問題」とみているのであれば「何もなし」は問題でしょう。この場面で「何もなし」といってしまえば、日銀の政策的な手詰まり感を公言しているようなものであり、市場は攻撃を強めるだけになってしまいます。実際、FRBは曲がりなりにも緩和策を打ち出してきたことから、85円/ドル台の円高になってしまいました。

「ここまで」でも、かなり問題ある政策決定だったわけですが、その後の対応が一層問題だったように感じます。

マスコミ等が騒ぎ出し、市場も円の強さを確認するように円買い攻勢を強め、それによって円相場のボラティリティが高まる中、断続的に財務省高官や日銀サイドからの「懸念」が伝えられましたが、決定的なものは何もなく円高傾向が続いていました。「これではダメだ」と思ったのでしょう。12日になって、日銀総裁、および、財務大臣が記者会見をすることになりました。

ところが、ここでは政策的な発表は何もなく、為替の急激な変動への懸念のみ!

これでは市場は納得しませんよね。案の定、85円/ドルを割り込むような円高になってしまいました。まぁ、その後は値ごろ感からの円売りドル買いが入り、85円/ドル台後半で推移しているようですが、市場の流れからすれば、もう一段の円高に向かう可能性が高いように感じます。

このように今回の円高は人為的なミスと考えた方がよいわけです。為替相場は市場参加者間の戦いも当然ありますが、市場参加者と政策当局との心理戦という意味合いも強いわけですから、政策当局は戦略的に市場と対峙し、対話の中で政策を「如何に出していくか」がポイントになります。にもかかわらず、手の内を晒す(「もう打つ手はないよ」ということを示す)ようなやり方をしてしまえば、心理戦に勝てるわけがありません。

また今回は、その心理戦の総指揮官たる首相が「夏休み」であり、ここの演出も悪かった。休みは問題ないのですが、このように大きな変動があった場合、休みから「わざわざ公務に復帰した」という事実が「あるのか」「ないのか」によって、市場はその“本気度”を感じるものです。財務大臣や日銀総裁が言ったのと同じことを、軽井沢から急きょ官邸に戻り、官邸から話せば、全く違った反応になったはずです(「軽井沢からTelで指示しました」ではダメでしょう)。

このような簡単な演出さえ「思いつかないのか」、それとも、市場のことを「理解していないのか」はわかりませんが、少なくとも、この1週間の動きをみている限り、日本政府、および、日銀は、円高について「何もやる気はない」という印象しか市場に与えていません。

この裏には「米国との関係があるのでは」とも勘繰りたくなります。米国ではオバマ大統領が輸出振興を打ち出していますが、FRBも追加の緩和策を行うことで「輸出振興策をサポートしている」と市場はみています。なので日本の為替当局も、ここでは“ポーズだけ”しかやっていないのかもしれません。

このような裏があるなら、今回の政府・日銀の対応も理解できますが、そうではなく、単に「市場を理解していない」「演出不足」などであるのであれば非常に問題でしょう。

現状、まともに量的緩和を行えば経済的なボラティリティが高まるので「できない」のは当然で、政府としても実弾による為替介入を行うとしても関係各国との合意形成という意味で「無理」なのも理解できます。「だから」といって「(急激な円高は)懸念している」というだけで市場が反応すると考えるのは甘過ぎます。

長期的な政策には“ビジョン”が、短期的な政策には“戦略”が大切ですが、今の政府(含む日銀)にはビジョンもなければ、戦略さえも“ない”ということなのかもしれません。

今後は、この円高傾向に対する責任を日銀に押し付け、日銀は政府からだけでなく、マスコミ等からも突き上げられることから、追いつめられた形で「何か」の(追加の緩和)政策等をせざるを得なくなる、という何回も繰り返された状態になるのでしょうね。そして、後追い的に作った政策では経済的な効果はなく、為替のボラティリティは高いままという状態が続くのかもしれません。

前田拓生のTwitterブログ

コメント

  1. disequilibrium より:

    民主党の人は嫌でしょうけど、なるべく早く、アメリカと交渉する必要がありますね。
    その”弾”も尽きると大変でしょうけど。

  2. 前田拓生 より:

    disequilibriumさん、コメントありがとうございます。

    >アメリカと交渉する必要がありますね

    そうですね。しかし、すでに交渉によって「円高ドル安を容認している」という話でないことを祈ります。。。

    とはいえ、不謹慎な言い方をすれば、今回、日銀も政府も「ポーズ」だけで良かったのだと思っています。日銀は「何ちゃって追加緩和」で、政府としては単なる「口先だけ介入」という感じですね。

    そうすれば市場はそれを忖度(ソンタク)し、過激な動きは収まっていたかもしれません。

    けれども・・・

    民主党の人々は”忖度する”ことは得意だが、”される”のは苦手なのかもしれませんね(笑)